HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* さっと 立ち去ることだな: 「ファウスト」真夜中

 

Faust:       Entferne dich :

さっさと 立ち去ることだな 用はない:   

Die Sorge:  Ich bin am rechten Ort

 いいえ 居させてもらうわ  

ファウスト: 始めは 怒りが込み上げてきたが、やがて、 気を静めて:

ならば 呪文は 口にせぬことだ

憂い:    わたしの声は 耳からではないわ 直に こころに 響くのよ これまで 姿を代えては 怖らせてきたものよ    不安が  いつも 付き纏っているものだから 捜してくれる者好きは いないけれど 見つかるのも 簡単ね まして 呪われたりもするけど 世辞も云われたり でも あなたには憂いなど 無縁とでも 云いたいのかしら  ~11432

 Stets gefunden ,nie gesucht

  So geschmeichelt  ,wie verflucht.

Hast du Die Sorge nie gekannt ?.......

 

 

 

 

* この不届きな 邪魔者めが・・: 

 

            9435~ 41行:   Faust;

  このファウストの台詞は古代ギリシアのトリメーター、即ち、3音格詩で書かれている。: 

     この不届きな 邪魔者めが 

かましくも 押し寄せてきたか  

こんな非常なときに 無意味な騒ぎは 許されまいぞ  

美しい使者とて 悪い便りをもたらすは  醜いもの 

なのに おまえときたら なんという醜女か

いつだって 悪い便りばかり 携えてくる 

だが 今日は 気の毒だった 

骨折り損の草臥れ儲け というものだ

Verwegne Störung !.. wider-wärtig dringt sie ein,

 Auch nicht in Gefahren mag ich sinnlos Ungestüm,

  Den schönsten Boten Ungücks-Botschaft haßlich ihn,.

    *Aus; Goethe Samtliche Werke 18-1,

         Letzte Jahre 1827- 32        

  Hanser  Munchner  Ausgabe 1997.

 Kommentar  Faust Ⅱ-3.Akt.  Metrik  S. 945ff..... 

 

*お二人は 次第に 身を寄せ合い・・:

 

  前回はヘレナとファウストの愛の告白の場面だったが、それを讃える合唱部,Chor:9385-9410行は、トリアーデ、即ち、1.シュトローフェ2.アンチシュトローフェ、そして3.エピシュトローフェの構成で書かれている。

・9401~:

 お二人は 次第に 身を 寄せあい 

 立派な 玉座の間で 肩に 肩を 寄せ 膝と膝を 

 つき合わせ 手に手を とりあい

 たがいに 凭(もた)れあいながら

 お座りになって いらっしゃいます

 そして お上にも お控えに なられることなく

 秘かな お愉しみに なられ

 人目も 憚ることなく 

 隠さず お見せになって いらっしゃいますのね・・

    ***

   Nah und naher sitzen sie schon

    Aneinander gelehnet,

   Schulter an Schulter ,Knie an Knie,

   Hand an Hand wiegen sie sich

   Ueber des Throns.....

 

 

* ねえ どうすれば あのように 美しく :愛の告白

 

*9377- 84行 :Helena und Faust 

      この箇所はヘレナとファウストとの愛の告白の場面で、毬を互いに投げあい受け取るように、言葉と意味を交わしながら、二人の心がやさしく結ばれてゆく。韻はヤンブスの5脚で、無韻のブランクフェルス、そして脚韻はパールライム、即ち、aabbで書かれている。

ヘレナ :

ねえ どうすれば あのように美しく お話し

できるのかしら。

ファウスト:

それは ごく やさしいこと つまり 言葉は 心から 発するのです そして 胸に 恋しい憧れが溢れ出たら 振りかえりみて 問うがいいのです

その楽しみは 誰と?...

 ・ヘレナ :

互いに 享受しているのかと・・

ファウスト ;

来しかた ゆく末は もはや こころからは 消ゑて 

ただ あるのは 今 この時だけが

ヘレナ :

ふたりの 幸せ なのですね

ファウスト:

その通りです この刹那こそ 愛という 貴く 気高い 授かりものを 享けているとき

ところで 愛の担保の 裏書きを してくださるのは

どなたですかな ?.

 ヘレナ:

もちろん わたしの 手によって

 Vgl. zB.

 So sage denn, wie sprech' ich auch so schön ?.. 

Das ist gar leicht,  es muss von Herzen gehn.

Und wenn die Busen von Sehnsucht überfliesst ,

man sieht sich um und fragt

   Wer  mit geniesst?...

 

*みずから引き起こした罪を この手で・・:

 

9246~ 72 :Helena :

このヘレナとファウストの対話の場面は、9192以下、そして、9333-45のFaustの台詞や、9356-76のヘレナとファウストの対話の場面と同様、それまでのトリメーターに代わって、近代的なブランクフェルス、抑揚・短長格の5脚無韻詩で書かれている場面である。 

みずから 引き起こした 罪を この手で

 罰することは できないわ 

嗚呼 なんて 悲しいこと 男心を惑わせ

身も仕事も持ち物も 投げうたせてしまう

嗚呼 残酷な わたしに つきまとう 宿命!

神や 英雄や 悪魔までが 略奪したり

 誘惑したり 引き回したり 奪い合ったり

 鞘当てしたり 東へ西へ 南へ北へと 

 たえず 流離(さすら)ってきたわ そして  

 一度ならず 四度も 世の中を 掻き回し

 禍(わざわい)を 重ねてきたのね ・・

ですから どうか 善き人は 近寄らないで

そして 呪縛から はやく 

解き放たれてほしいの

  エロスの 魅惑に囚われ 惑わされた人を

もう これ以上 辱(はずかし)めては いけないわ  

   ***

Das Ubel ,das ich brachte , darf ich nicht

Bestrafen.  Wehe mir !... Welch streng Geschick

Verfolgt mich, uberall  der Manner Busen

So zu bethoren , dass sie weder sich

Noch sonst ein Wurdiges verschonten.....

      9333 -   45:  Faust;

それは そなたの才気で 手に入れたもの

はやく持ち去るがいい お咎めは あるまい 

だが 役立つものでも あるまい ・・

 Entferne schnell die kuhn erworbne Last,

Zwar nicht getadelt, aber unbelohnt.. 

 

  Goethe Samtliche Werke  18-1 ;

Letzte Jahre 1827-1832

  Faust   ,Hanser Verlag    Munchner Ausgabe

    Aus ; Kommentar   Metrik 韻律学

* 遠くで 白鳥の啼くのが・・:「ファウスト」第二部 「ヘレナ」 より 

 

 *9078- 9121 行 :合唱 より

この箇所も前の合唱部と同じ構成から成り立っている。即ち、1.フォア・シュトローフェと2.シュトローフェ、3.アンチ・シュトローフェ、そして4.エピ・シュトローフェである。

9099行 ~:

 3の箇所 から :--

 けれど おや 遠くで   Doch  , aber doch

白鳥の 啼くのが 聞こえるわね  Tonen hor'  ich  sie

白鳥の歌は 死の知らせ   Tonen fern  heiseren Ton !

     Tod verkundenden sagen sie :

せっかくの 助命の望みが むなしく 消えて

しわがれた 鳴き声が 終末を 

告げているのでないと いいけれど

白鳥に似て  細い首の わたしたちにも

ツォイスの白鳥が 産ませたという お妃さまも

嗚呼 儚(はかな)く このまま 滅びていくのかしら

9110  ~:

周りのものが みな 霧に隠れてしまったわ

もう 顔の区別が わからないくらい

どこを 歩いているのかしら

いいえ 歩いているというより

 小走りで 滑っているよう なにも 

見えないんだから

あら 亡き人の 先導をするという 

ヘルメスのあとから 歩いているのかしら

あのヘルメスは 輝く黄金の杖を 持ち

絶対服従を強いる 命令で わたしたちを

冥府へ 連れて行こうと しているかしらね

亡者や 幽霊の行き交う 

憂鬱な ハーデスの世界は まっぴらよ・・

   ***

・ツォイス: Zeus  ゼウス  :---レダとの間に、ヘレナとカストルとボルックスの子がいる。

・ヘルメス :Hermes :   魂を冥府に導く使いの神で、父はツォイス、母はマヤ。

・ハーデス : Hades  :  ギリシア神話の地下の冥府。    Pluto プルートー

 

 

 

 

 

 

 

*お黙り お黙り 嫌らしい目つきで・・:  

 

   8882- 9808 行 :合唱部

この箇所は4節よりなり、1.Vor-Strophe 5行と、2.シュトローフェ8行、3.アンチ・シュトローフェ8行、4.Epi-Strophe の6行からなる三和音である。(*因みに、4.のエピ・オーデ Epi-Odeとは、ギリシア劇における末段のことで、オーデを構成するシュトローフェと、それに対するアンチ・シュトローフェとにつづく長短格交互の詩形の終結部である)

     8882~:

1.お黙り、お黙り Schweige, schweige  !

 いやらしい目つきで 嫌らしいことを云うひとね

        Miss-blickende, missblickende  Du !...

一本歯の 怖ろしい口から

気味悪い 皺だらけの孔(あな)から

何ということを云うの

2.情けありげにみえる 意地の悪さ

 羊の毛皮を身に着けた 狼の剣呑さ

 首が三つもある犬の

 ケルベルスの歯よりも 怖いのね

そんな悪だくみの根深い下心で

隙(すき)を狙(ねら)っている怖ろしい正体が

いつ何処で どう襲いかかってくるかと

びくびくして聞いていたわ

 Denn der bos-artige wohl-thatig erscheinend,

   Wolfes-Grimm unter schaf-wolligem Vliess

 Mir ist er  weit schrecklicher  als des 

  drey-kopfigen Hundes Rachen .

 Aengstlich lauschend stehn wir da,

Wann ? Wie?  wo?..nur brichts hervor 

Solcher Tucke ......

      ...

 4. お黙り、お黙り !

いま 消えてゆきそうな お妃さまの魂を取り留めて

昔から 陽の照らすもとに生まれた 

女人のなかで いちばん お美しい あのお姿を

もうしばらく ここに お留めして おきたいのよ

    

ケルベルス Cerberus : 頭の三つある怖ろしい犬で、地下の冥府の入り口を護る番犬。     ギリシア神話

*イリオスの城壁は まだ残って・・:「ファウスト」第二部 より 

 

 ・スパルタのメネラス王の 宮殿の前

 Vor dem Pallaste des Menelas zu Sparta

*8697- 8753 行 :

・この合唱部の箇所は、9節からなっていて、1と2はそれぞれ5行づつ、3と4はそれぞれ6行づつ、そして5節目はメソーデといって、中間節となっており、また、6と7節はそれぞれ8行づつ、更に、8と9節はそれぞれ5行づつ、といったように対をなして書かれている。

イリオスの城壁は まだ 残ってたわ 

けれども 渦巻く火焔は 次々と

近隣に広がり さらなる 吹き荒れる風に

 煽られて あちこちで

火焔の町と 化していたのよ

      **

わたしは 紅蓮(ぐれん)の炎と

 煙の中を 逃げ惑いながら

 火柱のたつ家の陰で 憤怒(ふんぬ)の形相(ぎょうそう)

ものすごい 神々の 巨人のような

 怪異の姿をみたのよ

神々は 大股で 黒煙の中を走り去って いったわ 

    ***

こんな  終末的世界は いまなお 

 信じられないほどね それとも 

実際 あれは わたしを襲った

 恐怖だったのかしら

        **

空想か 実際か わたしには分からないのよ

    ***

Sah ich's, oder bildete

Mir der angst-umschlungene Geist  

Solches Verworrene ?....sagen kann

Nimmer ich's ;...

・メネラス Menelas : スパルタの王で、ヘレナの夫。

・イリオス Ilios :-トロヤの別名。

*悲しい 囚われの女たちよ: 

 

*第二部 第三幕 ヘレナ より :

・  次の合唱部の歌は、全体がトロケーウス (抑揚・長短格)のリズムで書かれている。:

未来に起こることは 何もわからないわ

お妃さま ご安心あそばして 

お城へいかれますよう

よいことも悪いこととも 予期せぬときに 

   訪れるのです   8591- 8603  

     ***

*   8610-  37  :

  この箇所は、3節よりなり、1.シュトローフェ 2.アンチシュトローフェ3.エピ・シュトローフェの3和音からなっている。 

悲しい囚われの女たちよ 

あらゆる苦しみは 遠くへ 

投げ捨てるがいいのです 

長いこと留守にして お戻りになり 

だからこそ 一層 踏みしめ

先祖の家の竈の前に こころ躍らせ

近づいてゆかれる お妃さまの喜びに 

ともに授かりましょう 

ヘレナさまの喜びに 

ともに あやかりましょう 

Werfet  O  Schwestern , Ihr Traurig Gefangenen ,

 Alle  Schmerzen  ins Weite !....

   Theilet der Herrin Gluck !.....

        Theilet Helenens  Gluck !!.   

神様は遠い異郷で

悲しんでいらした お妃さまを見て 

イリオスの都の廃墟から  

装いも新たになった古い先祖の宮殿へ 

お連れ戻しになられたのです 

口では云われぬ喜びや嘆きのあと 

もう一度 昔の思い出を 

お偲びになられるように・・・

     8619- 37

 

         

 

* 乙女の祈り  メーリケ

 

星は きらめき

 鶏の鳴く 朝まだき

  乙女は かまどに

火を おこす 

     炎のかがやき うつくしく

  火花が 飛び散り

  覗いては 乙女の

       悲しみ ますばかり 

そも 乙女の 胸に

 夜中に こつぜん

  顕れいでし 彼が夢の

   思ひの深き なればこそ 

すると 泪が あふれ

 ぽたぽたと ああ

  明けても 暮れても

こころに浮かぶは 彼がすがた

   Das verlassene Magdlein

    Aus: Morike  Gedichte       Reclam ebd.  S.31f...

       「寄る辺なき乙女」  拙訳