HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* 涼しき夜: ハイネ

 

死よ そが涼しき夜の帷(とばり)なら

生は蒸し暑き昼間

はや 黄昏て眠きかな

昼間 勤(いそ)しみ 疲れしゆゑに

噫 わが奥津城(おくつき)に 

 一本の木の伸び出できて

一羽の夜啼き鶯の囀(さえず)らん

唄ふは愛の歌にして

夢の中にて聞くは その歌ばかり

           

H.Heine :  Der Tod , der ist die kuhle Nacht... 

Aus: Dt. Lyrik vom Barock bis zur  Gegenwart..   

          dtv.  ebd.  S. 162....

f:id:zkttne38737:20200125092402j:plain

 

* 現代ドイツ作家 一覧・ 代表作: ⑶

 

 1937:     古井由吉「杳子」

 1942. ハントケ 「観客罵倒」66.                 

  1943. ヴォンドラチェック 「嘗て、一日は銃創とともに

        始まった」  Pr.82    丸山健二「千日の瑠璃」   

 ・1945.   Mein Geburtsjahr

 

* Petet Handke: ハントケ :

「ペナルティ・キックを受けるゴールキーパーの 不安」 R.70;  

 以前ゴールキーパーだったブロッホは組み立て技師の職を解雇された。すると、その日、映画に行き出納係の女とベッドをともにするのだが彼女を殺害してしまう。そして南へと逃亡する。彼はしかし、殺害により世界がいかに様変わりして見え、いかにそよそしく怖れに満ちているかに気付く。というのも追跡されているのではないかと前兆が日増しに強く感じられたからだが、この追われる殺害者というモティーフは、ヴェーラースホフの探偵小説「影の境界」も彷彿させる作ではあった。 

 

* Christa Wolf;クリスタ・ヴォルフ:

「どこにも居場所はない」 短編 79.  :   

  ともにみずから命を絶った短編の名手で独特な簡潔な文体で描くクライスト1777-1811,とカロリーネ・ギュンデローデ1780-1806,との、( 因みに、前者は34歳、後者は26歳で夭折している) 架空の対話を構成して作者みずからの苦しい立場を暗示した作品。なお、ギュンデローデはドイツの女流詩人でロマン派の詩人ブレンターノとその妻ベッティーナの友人でもあり、彼女は死を渇望するような陰鬱な一連の詩を美しくも残している。

 

* 戦後ドイツ作家の群像  作品年表:

 

1945 年以降: 小説・散文・戯曲・詩:  

        ・附 日本の戦後作家: 

1946 ;   「死霊」埴谷雄高 「暗い絵」野間宏          

1947 :   「ネキア」或る生存者の報告    ノサック

          「聖書に曰く」戯曲   デュレンマット 

   「戸口の外」戯曲 ボルヒェルト 「斜陽」太宰治 

        「重き流れの中に」椎名麟三

1948 :  「より大いなる希望」アイヒンガー 

 「死神とのインタヴュー」ノサック 「骨壺の砂』詩 ツェラン 

   「永遠なる序章」 椎名麟三 「俘虜記」大岡昇平 

 1949 :  「汽車は遅れなかった」ベル 

    「ロムルス大帝」戯曲 デュレンマット

     「仮面の告白三島由紀夫

1950 :「さんかごいは くる日もくる日も

        啼きつづける」シュヌレ 

1951「アダムよ お前は 何処にいた」ベル 

    「野火」大岡昇平 「広場の孤独」堀田善衛

1952 :「鏡物語」アイヒンガー 

    「自由のさくらんぼ」アンデルシュ

     「ミシシッピー氏の結婚」戯曲 デュレンマット 

   「罌粟と記憶」詩 ツェラン 「真空地帯」野間宏 

 1953:  「そして 一言も言わなかった」ベル 

       「詐欺師の楽園」ヒルデスハイマー                 

1954  : 「愛のごとき事柄」ベンダー

       「ひかりごけ武田泰淳    

1955 :  「遅くとも十一月には」ノサック  

         「ズーライケン風流譚」レンツ 

      「白い人」遠藤周作 「太陽の季節石原慎太郎

1956 :「貴婦人 故郷に帰る」戯曲 デュレンマット 

  「金閣寺三島由紀夫 

   ノサック「死神とのインタヴュー」: 

   ノサックの第一のテーマは時代における人間の生死の意味への問いかけであった。それを彼は再三再四、報告調に、訊問風に、探究・調査風に、あるいは寓話風に追求した。この「死神とのインタヴュー」は連作短編集で、その特色をよく表している。ここには鮮明で飾り気なく、しばしばモノローク風な語り口で彼の追跡した作品が収められた。それらは例えば、「ドロテーア」であり、神話風なカサンドラ」であり、メルヒェン風な「海から来た若者」、あるいはシュールなモティーフの「アパッショナータ」や「死神とのインタヴュー」などである。そして実存的な越境界が描かれたのだが、彼自身の体験を踏まえながら、ヘニー・ヤーンやカミュの読書を通じ、奈落における境界状況の視点から批評的に書いたのである。 

1957 :「狼と鳩」ベンダー *「ザンジバル」アンデルシュ

「フィリップスブルクにおける様々な結婚」ヴァルザー                      「海と毒薬」遠藤周作  

  ヴァルザーの「フィリップスブルクにおける様々な結婚」:  

   これは彼が30歳の時に発表した処女長編で、カフカにも似た寓意的な不確かさによってグロテスクな関係を風刺し、ドイツの現代社会を描き出した作品である。そこには四組の男女による放蕩的、姦通物語が描き出されたのだが、フィリップスブルク(シュトゥットガルト)における奇跡的に復興した社会は、虚栄に満ちた立身出世に栄達した単なる仮装舞踏会にすぎず、こうした人間性の欠如した世界にあって、そのうちの一人である若いジャーナリストのボイマンは、一人の社会的に恵まれない女給と関係を持ち、愚かに順応しながら、地方の名士の夜会会員の仲間入りを果たしえていたのである。

 ヴァルザーはまた、市民的イロニカーであるT.マンのようにユーモアに富んだイロニーを通して風刺的に社会を批判した。

一方、ベルやグラースやレンツのごとく、エッセイイスト、ジャーナリスト、あるいは語り手として多面的に政治にアンガージュ・参画した作家でもある。

  

 

 

*比喩としての銀杏の葉:「西東詩集」より

 

83年という長い星霜の大半を休むことなく精力的に活動しつづけたゲーテ。そのゲーテの晩年(65歳)の詩に、銀杏をうたった一篇がある。

約250篇からなる「西東詩集」West-ostlicher Divan のなかの一篇で、こんな詩である。

東方の国からはるばる  

移植された銀杏よ

その銀杏の葉には 心を喜ばす 

ふかい味わいがある:

もともと葉は一枚だが 

ふたつにわかれたもの

この二枚の葉が 

たがひに寄り添ひ 

    結びあひ・・ 

このように思うと 

この葉のもつ意味が得心できる:

ふたりは一枚でありながら 

 あなたと結ばれた  

二枚の葉・・ 

      ***

この詩的空想は比喩であり寓意的なものだが、ズライカの書で、謂わば第二の青春ともいえる心情を、東洋的な世界とめぐりあひうたったものである。

因みに、この期の恋人の名はフランクフルトの銀行家の妻で、30歳のマリアンネ・ヴィレマー。彼女は若く感覚的な息吹に満ち、甘いも酸っぱいも心得ていた夫人だったのである。    

Ginkgo Biloba ;

Aus: Goethe Samtliche Werke  Ⅱ-1-1..

 Divan Jahre ,1814-  19

  Hanser Vlg. S.118f....

 

f:id:zkttne38737:20200120091317j:plain     f:id:zkttne38737:20200120091408j:plain

 

          

* 山と雲と湖との平和 : ゲオルゲより

 

さらに色を変えた湖は

雲の上なる碧空を鮮やかに映す

もう妖精の姿はなく

薄緑から青に

深紅から黄金に融け合ひ

淡い光が反射されて鏡となり煌めく:

傍らでは 巨大な陰

湖面を見据ゑ

波打つ湖面に

蒼白き光を受け

左は昏くとも 右は彩に煌めき

辺りは閑静に憩ふている:

おお なんという山と雲と湖の 

 三位一体の 聖なる平静のひととき! 

    * S. George : Der See  

*たくらみと恋 : Kabale und Liebe

   

貴族で宰相の息子フェルディナントと市民の娘ルイーゼの悲恋を描いて多大の成功を収めた戯曲に「たくらみと恋」があるが、これはゲーテと並び、ドイツ古典主義を代表する詩人であり戯曲家シラーの悲劇作品で、シラーの言葉にこんな一節がある。:

  「とりとめのない談話も、偶然といってよい邂逅も空想豊かな男にかかれば、その情熱によって明白な証拠となりうるのである。  Ⅱ-13   導入部 

    **

          こんな疑惑がジュリアンの気持ちを一変させた。考えれば考えるほど、心に恋の芽生えがあったのだが、それを封じてしまうのはわけもないことであった。恋といってもマチルドの美貌、というよりは寧ろ、女王のような振る舞いと、すばらしい衣装に魅せられたに過ぎないのだ。つまり、こういう点からジュリアンはやはり、成り上がりにすぎず、田舎者の才人が上流階級の社交界にあらわれると、いちばん驚かされるのは美しい女によってなのであった。

   スタンダール赤と黒」 第二部 第十三章 

 

* 戦後ドイツ作家 作品年表 4 : 1945年以降

 

1977:  「ひらめ」グラス   「金閣炎上」水上勉

1978:  「アイヒェンドルフの没落と他のメルヒェン」

ハイセンビュッテル    「夕暮れまで」吉行淳之介

1979:  「何処にも居場所はない」ヴォルフ 

「しみじみ日本 乃木大将」井上ひさし

1980: *「バイユーン 或いは同盟団」ムシュク 

            「侍」遠藤周作 

1981:  「吉里吉里人」井上ひさし

1982: 「嘗て一日は 銃創と共に始まった」ヴォンドラチェック              「太陽は嘗て 緑の卵だった」アルトマン   

             「裏声で歌へ 君が代丸谷才一

1983:  *「赤い糸」メッケル 「カサンドラ」ヴォルフ 

             「新しい人よ 目ざめよ」大江健三郎 

1984: 「最後の審判」《死霊》第七章 埴谷雄高 

            「方舟さくら丸」安部公房 「冬」中村真一郎

1985:  「路上の人」堀田善衛 「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド村上春樹

 

      '85年版 K.ロートマン著

K.Rothmann; Dt. sprachige Schriftsteller seit 1945     

「バイユーン、或いは、同盟団」:ムシュク  

 この長編は、ムシュク第五作目で、こんな内容である。:即ち、或る長老の作家リュッターは七人のエキスパート代表団と共に、3週間の予定で中国に旅立つ。さて2週間後、代表団のリーダーのS.は激高して皆から嫌われ、毒殺されてしまうという事件が起きる。だが、この暴君的な権威者の死に悲しむ者は、代表団の中には誰もいない。ばかりか、寧ろ、各人に容疑がかけられると、個々の身勝手な人間性を暴露してしまうのである。 因みに、この作品は心理学者ボスハルトによっていくつものエピソードを回顧しつつ語られるという手法で書かれている。そして、その中のエピソードにかかわるテーマやモティーフは短編物語でもその核として使われている。例えば、「恋物語」や「遠い知人」など。  Liebes-Geschichten 72. *Entfernte Bekannte 76. . A. Muschg;  Aus;  K. Rothmann  ebd. S.286ff...  

   メッケル「雪獣」:  

  メッケルは作家としてばかりでなく、グラフィックデザイナーとしても有名である。彼は21歳の時7篇の詩と4つのグラフィックからなる作品集「隠れ頭巾」でデヴューした。その特徴はメルヒェン調でグロテスクなファンタズィーに富みトラークルやクローローなどの影響がみられる。一方、仮構とファンタズィーを、更に変容することに重きがおかれた。例えば、短編集「赤い糸」で明らかなように、筋よりかは、現実から呪文によって霊を呼び出すこと、その呼び出した霊を超現実的な手法で叙述すること、そして、その魔術的な変容を好んで描いたのである。メッケルは比喩的短編「雪獣」で次のように述べた。つまり、荒唐無稽な動物も、その名前が存在する限り実在するのだと。それゆえ、物語作家として彼は、《雪獣》は生命あるものとして存在することを疑わないのである。    「赤い糸」Ein roter Faden

C.Meckel ; aus ; K.Rothmann  Reclam  ebd . S.269ff.