HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*実験的な前衛詩: ヤントル より

 

不平家のオットくんーがドアをトントン叩く

オットーが云う:入りたまえ 不平家くん 入りたまえ!...

不平家のオットーくんが入ってくる 

不平家のオットーくんが 入ってくるや嘔吐した

オットーは思わず胸糞が悪くなった

なんてこった なんてこった!!.......

*Ernst Jandl , ottos mops klopft......

  ヤントルは1925年ウイーン生まれの現代前衛詩人。

具象詩の影響下で、翻訳不可能ともいえるフォニームPhoneme、とはつまり、類似音、同一音を使った音素の豊かな詩を創作した。

朗読詩も実験的に試みているユニークな詩人でもある。

 この詩は、母音字oの頻出Vokal-Haufungで書かれた詩である。

* 涼しき夜 : ハイネ

 

死よ そが涼しき夜の帷(とばり)ならば

生は蒸し暑き昼間だ

はや黄昏て眠きかな

昼間 勤(いそ)しみて 疲れしゆゑに

噫 わが奥津城(おくつき)に 

 一本の木の伸び出できて

一羽の夜啼き鶯の囀(さえず)らん

唄ふは愛の歌にして

夢の中にて聞くも その歌ばかり

           

H.Heine :  Der Tod , der ist die kühle Nacht... 

Aus: Dt. Lyrik vom Barock bis zur  Gegenwart..   

          dtv.  ebd.  S. 162....

 

  

 

 

* 戦後ドイツ作家 作品年表 2. :

 

1958年:   「父の髭がまだ赤かったころ」シュヌレ

              「螺旋」ノサック   

1959年:   「九時半の ビリアード」ベル 

            「ヤーコプについての推測」ヨーンゾン 

         「ブリキの太鼓」グラス 「日本三文オペラ開高健 

1960年:   「赤毛の女」アンデルシュ 「死の棘」島尾敏雄

1961年: 「揺れる家」ベンダー「30歳」バッハマン 

「猫と鼠」グラス「サルマティアの時」詩 ボブロフスキー   「雁の寺」水上勉

1962年: 「家屋建設における困難」レッタウ 

    「物理学者」戯曲 デュレンマット 

   「夢の国、処々の河」詩 ボブロフスキー

  「砂の女安部公房 「悲の器」高橋和己 

  「飢餓海峡水上勉 

1963年:「犬の年」グラス 「トュルクへの旅立ち」フィヒテ 「霜」ベルンハルト 「或る道化師の意見」ベル

    「引き裂かれた空」ヴォルフ   

  忘却の河」福永武彦 「回廊にて」辻邦生

1964年:(東京オリンピックの年) 

「本当はブルーム夫人は  牛乳配達人と知り合いに

   なりたかったのだ」ピクセル 

  「レーヴィンの水車小屋」ボブロフスキー 

「されど我らが日々」柴田翔「個人的な体験」大江健三郎    「他人の顔」安部公房 「楡家の人々」北杜夫

1965年: 「狼が戻ってきた」ベンダー「孤児院」フィヒテ  

 *「更なる別れ」ヴォーマン「野兎の夏」ムシュク 

「黒い雨」井伏鱒二   「幻化」梅崎春生   

1966年: 「真実を書くに際しての諸困難」ハイセンビュッテル       「死の島」福永武彦  「沈黙」遠藤周作

*「更なる別れ」:ヴォーマン 

  これはガブリエレ・ヴォーマンの第二作目の長編だが、33歳の語り手である主人公は両親に更な別れを告げてロンドンの恋人のところに向かう。だが、恋人はすでに結婚していて或る協会の顧問で多忙を理由に、なかなか会ってはくれなく、事実、仕事一筋に出張や講演旅行に余念がない。だが一方、彼はすでに離婚もしているのだが、それは隠している。彼はまた、喉頭がんに罹っていて、喋ることにも億劫になっているため、両者の関係は益々、険悪になるばかりである。そんななか、殺害を企てようとするもそれが挫折に終わると、語り手の主人公はやがて、内向化して妹の命日に家族のもとに戻っていくのである。     

この小説はモノローク・独白体で書かれているが、これはまた、亡くなった妹への切なる作者の追慕でもあったのである。 

1967年: *「エフライム」アンデルシュ 

 「レイテ戦記」大岡昇平 「燃え尽きた地図」安部公房     

1968年 :「地下酒場」フィヒテ 「国語の時間」レンツ 

「クリスタT.に関する追想」ブォルフ 「輝ける闇」開高健 

 1969年: 「子供のための物語」ピクセル          

 「エフライム」:  アンデルシュ: 

  第三作目の長編小説だが、こんな内容である。:  ユダヤ人のエフライムは1935年ベルリンからイギリスに渡り、イギリス軍に勤務したが両親はドイツの強制収容所で既に、殺害されていた。エフライムは幸い、ロンドンの或る週刊誌の花形リポーターになりイギリスに同化していたが、62年に仕事で故国に帰国すると、写真家の妻とは折り合わず離婚してしまう。そして、彼はジャーナリストの仕事を諦め、作家として自立していく決断をするのである。 

レンツの「故郷の博物館」Heimat-Museum  :  

     レンツはギュンター・グラースと同様、学徒動員により第二次大戦下の前線に送られた、所謂、アメリカの<ロスト・ジエネレーション>失われた世代、例えば、ヘミングウエイなどと同じ、終戦後、祖国からは見捨てられたと感じだ作家のひとりであった。レンツが短編並びに、長編で描いているのは、裏切り、迫害、逃走や抵抗、挫折などであるが、ヘミングウエイと異なっているのは暴力行使的瞬間ではなく、寧ろ、敗北後や敗北中の時であり、試練や苦難の瞬間の前後の時を描いたことであるといってよい。例えば、年代記風に描いた長編「故郷の博物館」はナチスの過去の部分を考察した。つまり、追放された農民を例に、故郷・ハイマートという概念の問題提起を実例として多層的に示した。即ち、叔父から小さな故郷の博物館」を受け継いだロガーラは、ナチスによるイデオロギー的な濫用から守るのだが、またシュレスヴィッヒで買い求めた故郷博物館が偏狂的愛国主義の目的から服従の目にあうと、放火してしまうのである。すると年老いた絨毯織りのマイスターは悟ったのだ。つまり、失われたハイマートは過ぎ去った少年時代と変わりなく、実際に再びは取り戻せなく、ただ追憶のなかでのみ生き続けているのだ、と。こうして博物館は廃絶されてしまうのだが、レンツはそれを15日間にわたる長いエピソードの連環として、諧謔とユーモアを交えたアネクドーテとして描き、それは同時に彼の第一次大戦から現在に至る一つの心象風景でもあり、彼の生涯の一パノラマでもあったのである。   Siegfried Lenz;  Heimat-Museum

Aus: K. Rothmann   Reclam   ebd. S.250ff...

 

 

 

* 現代ドイツ作家 一覧・ 代表作: ⑶

 

 1937:     古井由吉「杳子」

 1942. ハントケ 「観客罵倒」66.                 

  1943. ヴォンドラチェック 「嘗て、一日は銃創とともに

        始まった」  Pr.82    丸山健二「千日の瑠璃」   

 ・1945.   Mein Geburtsjahr

* Petet Handke: ハントケ :

「ペナルティ・キックを受けるゴールキーパーの 不安」 R.70;       以前ゴールキーパーだった.ブロッホは組み立て技師の職を解雇された。すると、その日、映画に行き、出納係の女とベッドをともにするのだが、彼女を殺害してしまう。そして南へと逃亡する。彼はしかし、殺害により、世界がいかに様変わりして見え、いかにそよそしく、怖れに満ちているかに気付く。というのも、追跡されているのではないかと前兆が日増しに強く感じられたからだが、この追われる殺害者というモティーフは、ヴェーラースホフの探偵小説「影の境界」も彷彿させる作ではあった。 

* Christa Wolf;クリスタ・ヴォルフ:

「どこにも居場所はない」 短編 79.  :  

  ともにみずから命を絶った短編の名手で独特な簡潔な文体で描くクライスト1777-1811,とカロリーネ・ギュンデローデ1780-1806,との、( 因みに、前者は34歳、後者は26歳で夭折している) 架空の対話を構成して、作者みずからの苦しい立場を暗示した作品。なお、ギュンデローデはドイツの女流詩人で、ロマン派の詩人ブレンターノとその妻ベッティーナの友人でもあり、彼女は死を渇望するような陰鬱な一連の詩を美しくも残している。

 

* 戦後ドイツ作家の群像  作品年表:

 

1945 年以降: 小説・散文・戯曲・詩:  

        ・附 日本の戦後作家: 

1946 ;   「死霊」埴谷雄高 「暗い絵」野間宏          

1947 :   「ネキア」或る生存者の報告    ノサック

          「聖書に曰く」戯曲   デュレンマット 

   「戸口の外」戯曲 ボルヒェルト 「斜陽」太宰治 

        「重き流れの中に」椎名麟三

1948 :  「より大いなる希望」アイヒンガー 

 「死神とのインタヴュー」ノサック 「骨壺の砂』詩 ツェラン 

   「永遠なる序章」 椎名麟三 「俘虜記」大岡昇平 

 1949 :  「汽車は遅れなかった」ベル 

    「ロムルス大帝」戯曲 デュレンマット

     「仮面の告白三島由紀夫

1950 :「さんかごいは くる日もくる日も

        啼きつづける」シュヌレ 

1951「アダムよ お前は 何処にいた」ベル 

    「野火」大岡昇平 「広場の孤独」堀田善衛

1952 :「鏡物語」アイヒンガー 

    「自由のさくらんぼ」アンデルシュ

     「ミシシッピー氏の結婚」戯曲 デュレンマット 

   「罌粟と記憶」詩 ツェラン 「真空地帯」野間宏 

 1953:  「そして 一言も言わなかった」ベル 

       「詐欺師の楽園」ヒルデスハイマー                 

1954  : 「愛のごとき事柄」ベンダー

       「ひかりごけ武田泰淳    

1955 :  「遅くとも十一月には」ノサック  

         「ズーライケン風流譚」レンツ 

      「白い人」遠藤周作 「太陽の季節石原慎太郎

1956 :「貴婦人 故郷に帰る」戯曲 デュレンマット 

  「金閣寺三島由紀夫 

   ノサック「死神とのインタヴュー」: 

   ノサックの第一のテーマは時代における人間の生死の意味への問いかけであった。それを彼は再三再四、報告調に、訊問風に、探究・調査風に、あるいは寓話風に追求した。この「死神とのインタヴュー」は連作短編集で、その特色をよく表している。ここには鮮明で飾り気なく、しばしばモノローク風な語り口で彼の追跡した作品が収められた。それらは例えば、「ドロテーア」であり、神話風なカサンドラ」であり、メルヒェン風な「海から来た若者」、あるいはシュールなモティーフの「アパッショナータ」や「死神とのインタヴュー」などである。そして実存的な越境界が描かれたのだが、彼自身の体験を踏まえながら、ヘニー・ヤーンやカミュの読書を通じ、奈落における境界状況の視点から批評的に書いたのである。 

1957 :「狼と鳩」ベンダー *「ザンジバル」アンデルシュ

「フィリップスブルクにおける様々な結婚」ヴァルザー                      「海と毒薬」遠藤周作  

  ヴァルザーの「フィリップスブルクにおける様々な結婚」:  

   これは彼が30歳の時に発表した処女長編で、カフカにも似た寓意的な不確かさによってグロテスクな関係を風刺し、ドイツの現代社会を描き出した作品である。そこには四組の男女による放蕩的、姦通物語が描き出されたのだが、フィリップスブルク(シュトゥットガルト)における奇跡的に復興した社会は、虚栄に満ちた立身出世に栄達した単なる仮装舞踏会にすぎず、こうした人間性の欠如した世界にあって、そのうちの一人である若いジャーナリストのボイマンは、一人の社会的に恵まれない女給と関係を持ち、愚かに順応しながら、地方の名士の夜会会員の仲間入りを果たしえていたのである。

 ヴァルザーはまた、市民的イロニカーであるT.マンのようにユーモアに富んだイロニーを通して風刺的に社会を批判した。

一方、ベルやグラースやレンツのごとく、エッセイイスト、ジャーナリスト、あるいは語り手として多面的に政治にアンガージュ・参画した作家でもある。

  

 

 

* 山と雲と湖との平和 : ゲオルゲより

 

さらに色を変えた湖は

雲の上なる碧空を鮮やかに映す

もう妖精の姿はなく

薄緑から青に

深紅から黄金に融け合ひ

淡い光が反射されて鏡となり煌めく:

傍らでは 巨大な陰

湖面を見据ゑ

波打つ湖面に

蒼白き光を受け

左は昏くとも 右は彩に煌めき

辺りは閑静に憩ふている:

おお なんという山と雲と湖の 

 三位一体の 聖なる平静のひととき! 

    * S. George : Der See  

* 「祝福」:デーメル 「女と世界」より

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 ごらん 空が青く

 燕が早や 飛ぶ魚のよう

 濡れた白樺のうえ・・なのに

 何故 きみは泣きたいの ?...

  きのう きみは失意で 

剣に魂が貫かれていたね

あの聖女のように 

でもきょう ぼくは歓喜し 

両腕を高らかに拡げる

すべての聖徒に倣ひ・・ 

さあ マリアよおいで

そして 耳を傾けよう

頭上から 天の軍勢の歓呼が

 聞こえてくる・・

 Dehmel ;  Benedeiung

 デーメル「祝福」

Sei mir gebenedeit !...= 

  Sei mir gegrusst ,

  die Gebenedeite 聖母マリア

   ***

 俄に 広間は会衆で一杯になった。いよいよデーメルが現れた。すると彼は檀の真ん中に進んで、無造作に一礼すると、すぐ朗読を始めた。彼は熱情に満ち、屈強で、また宣教師風でもあり、更には半獣神風で異彩に満ちていた。

しかし今や、詩が可視的なものへの関心からさり、ニーチェの「夜の歌」を朗誦すると、デーメルの声はいよいよ内奥から発して天翔った。それは憧憬と恍惚のうちに、歌曲リートに近づいていった。

恐らく12-13世紀中世の英雄時代の吟遊詩人・トルバドゥール; troubadoursは こういう風に朗読したに違いない・

  カロッサ「美しき惑いの年」 より