HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

W. ラーベ抄 : 人と作品

* リンコイスのように : ラーベ抄 <了>

完成をみた作品で最後のものとなったのは、今から10年前に発表した「ハステンベック」*49 だった。:これは歴史小説で7年戦争を扱ったもので、その後、同じ年にもう一篇「アルタースハウゼン」*50を書きはじめたが、これは然し、未(いま)だに出来上がってはお…

*オランダの独立戦争と 「黒いガレー船」: ラーベ抄 ⑥

私はまた、ヴィーンやミュンヒェン、そしてシュトゥットガルトにも旅してまわったのだが、そこではヴォルフェンビュッテルとは違って、はるかに自由な世界を知ることが出来たものだったなかんずく、シュトゥットガルトは後に31歳の時に、わたしがヴォルフェ…

*"無心になれ!..."「フォーゲルザングの記録」 より W.ラーベ抄⓬

さて、わたしは30歳で婚約し結婚したのが31歳だったが、前にも述べたように、私には四人の娘がいた。因みに、長女が誕生したのが32歳のときだった、また、次女は私が37歳のときに、三女は私が41の時で、四女は 45歳の時の子だったが、中でも、四女のゲルトル…

*「饅頭男」が中傷の弁護をする : W.ラーベ抄 ⑪

私は25 歳で発表した処女作「雀横丁年代記」Der Chronik der Sperlings-Gasse以来、二十代には19篇、三十代 には17篇、四十代では16篇、五十代では10篇と発表してきたのだが、中でも、60歳の時に書き上げた「シュトップフクーヘン」(饅頭男)*44は、ある意味…

*時代の波と「古巣」など : W.ラーベ抄 ⑩

ところで、この「ホラッカー」を発表した年は三女のクララが72年に誕生した4年後のことで、それは 末娘のゲルトルートの生まれた年だった。そして私にはもうひとり次女・エリーザベトがいて、わたしが37歳の時のシュトゥットガルト時代に生まれた子だった。 …

*ペシミスティックな時代には、ユーモア を : ラーベ抄 ⑨

さて、ブラウンシュヴァイクで過ごした40代は、時はちょうどビスマルク帝国の時代であった。彼の権力主義的政治には危機感を抱いていたものだった。というのも、その商業主義的政策や産業化の波は人の魂を打ち砕く以外なにものでもないように思えたからだ。…

*憎しみでなく、愛するために :「飢餓牧師」:ラーベ抄 ⑦

それはそうと、この62年から70年までのシュトゥットガルトで過ごした30代の8年間は、いま思い出しても、いちばん幸せな時期といってもよいものだった。というのも、それまでにない解放感を味わえたからで、それに加えて書くことにこころより打ち込めたからだ…

*30年戦争とナポレオン戦争を背景に :「モミの木のエルゼ」

処で、「飢餓牧師」と「アブ・テルファン」との間に8篇の短編を書き残している。その中では次の二篇がよく読まれてきたのだ。つまり、「樅の木のエルゼ」*28 と「勝利の蔭かげで」*29 の二作品だが、前者の作品では30年戦争を背景にして、また後者ではナポレ…

*「ライラックの花」とゲットー : W.ラーベ抄 ⑤

それから、28歳のとき南ドイツに旅をしたのだが、これは人生経験をどれほど豊かなものにしてくれたことか。この旅によって地方の文化や市民生活に肌で触れることが出来たし、人の歓びを目の当たりに感じることができたからだ。 またライプツィッヒやドレスデ…

*批評家ヘッベル氏から、お褒めの言葉: ラーベ抄 ④

これ(*「雀横丁年代記」)は承知のように、今の私のような老人が過去を振り返りつつ回想していくスタイルで書いたもので、ベルリーンの裏横丁の錯綜とした小市民の運命と日常を、時代の運命を重ねることによってユーモアとペーソスをまじえて書いていたのだ。…

*一条の星の光: W.ラーベ抄 ③

・さて、これまで書いてきた作品に、わたしの生涯のすべてを投入してすべてを犠牲にしてきたといえなくもない。それ故、一市民としての生活は一種の擬態のようなものであったろう。つまり老いたあのブロテウス(*変幻自在な姿と預言の力をもつ海の神)が好んだ…

*「雀横丁年代記」とW.ラーベ ➁  

ところで、わたしの初めての作品は54年の11月15日に書きはじめた「雀横丁年代記」*⑤なのだが、その文頭で、こう書き記した ものなのだ。: 「実に、嫌な時代である」*⑥と。 だが、そこに記したモットーは、わたしの書いてきた長短68篇あるすべての作品に貫い…

*「笑ひへの道」*① :W. ラーベ抄

身を屈(かが)めよ 山々 伸び上がれ 小さき谷よ 邪魔しないでおくれ 愛(いと)しい女(ひと)に逢ふのを* 「フォーゲルザングの記録」より わたしは31年生まれで、今年、78歳になった。すでに、数年前に筆を絶ち、今では、ほんの僅(わずか)な人に知られているに…