HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*ズィレーネンの美声とオデュッセウス

 

かのギリシアはイタケの王で策謀家として知られるオデュッセウスは、周知のように、世の男性をことごとく魅惑した美声のズィレーネンの島が見えてくると、船のマストに、みずからを縛りつけさせ、櫂(かい)を漕(こ)ぐ者らには耳に蝋(ろう)で栓をさせたのだが、それはこの美声に心が千々に乱れぬようにとの配慮からであった。

さて、島の近くに差しかかり、美声が聞こえてくる辺りになると、漕ぎ手らはオデュッセウスの姿を見るや、彼がいかに解かれたがっているか、また、ズィレーネンたちはいかに、傲然とかまえ、誇示しているかを見たのである。だが、あらかじめ申し合わせたとおり、すべてはうまく運ばれたかのようにみえた。すると、古代の人はみな、彼らの策謀は見事に功を収めたものと信じたのである。

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  *以下に、作者ブレヒト独自の考察が続くが、それは次のようなものである。:---

  ところで、これに関しての私の(、とはつまり、作者ブレヒト)思いは聊(いささ)か違ったのだが、もとより私のが最初であったなどとは云うまい。私の思いとは、こんな風であった。

「なるほど。だが、オデュッセウスはいざ知らず、他にいったい、誰が縛りつけられた不自由な男を前に、本当に唄ったと思うであろうか。また、あれほど魅惑的で老獪な美女たちが、はたして美声を、自由を全く失った男に向かって、浪費するものだろうか。もし、そうだとしたら、それは芸術の本質から外れたことと云わねばならないのではないか。    *****

 とはつまり、ズィレーネンたちのとった振る舞いとは、次のようなことではないのか。つまり、彼女らは櫂を漕ぐ者らには、傲然とかまえを誇示していたように錯覚せられたのだが、このいまいましい用意周到なプロヴィンツラー(田舎者)を全身全霊をもって、罵倒していたのだ、と。    **

 かくして、この英雄は、安全の確証された航路を、無事、航海し終えたのだが、彼はとどのつまり、煮えくり返るような恥辱を、じっと堪え忍んでいたに違いないのである。

    ***      訳: 夏目 政廣                 古代神話の新解釈 より B.Brecht : Odysseus  und Sirenen,    

                   Berichtungen   alter  Mythen,,

                      Aus ; Geschichten      Prosa  Band 1.  

                               Suhrkamp    ebd. S.207... 

   *オデュッセウス:.....ギリシア神話。ホーマーの「オデュッセイア」の主人公。

*ズィレーネン:....ギリシア神話。上半身は女、下半身は鳥の形をした海の怪物。

*Vgl ....同じ素材を扱いながら、解釈が異なるものに次のような作品もあ    zB.カフカの短篇「人魚の沈黙」Das Schweigen der Sirenen 1917.                 カフカ短編集 岩波文庫 参照。