HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*「人間喜劇」とバルザック

 

 1833年、34歳のバルザックBalzac 1799-1850 は、或る日、唐突に途方もない野心的な計画を思いつく。-----社会全体を小説の中に描き上げるということである。そして、ほぼ十年後、それまでの小説を再構成して、「人間喜劇」というタイトルの下に

刊行する。   

 バルザックのもくろんだ当初の143篇からなるパノラマは実現しなかったが、90篇あまりからなる連続的な大壁画には、フランスの社会は、嘗て、そのような有様であったに違いない、と思わせる躍動感に満ちていた。とはつまり、そこには「典型的な人物像」と言ってよい群像が描き出されていたからである。   

 zB./例えば、「ゴリオ爺さん」Le  Pere Goriotのような老人。

  貴族や銀行家と結婚し、華美な生活をおくるが、たび重なる無心に莫大な財産を蕩尽してもなお、二人の娘を溺愛するゴリオ。だが、病床にあっても、娘たちは寄り付かず、悲惨なうちに死を遂げるのである。 

 あるいは、リュシュアン・ド・リュバンプレのような青年。-:

彼は詩才を認めてくれた町の名流夫人とパリに駆け落ちするも捨てられ、その後、頭角をジャーナリズムの世界であらわすや、女優との放縦な生活に溺れて借金を重ね、彼女が死んだときには葬儀代にも事欠くリュバンプレ。   

「人間喜劇」をひとつの統一体にまとめ上げる為にバルザックは「風俗研究」、「哲学的研究」,「分析的研究」という三つの分類項目をたてるのだが、この「風俗研究」では、「私生活の情景」や「地方生活の情景」のほかに人間の生き方という視点から、「パリの生活」ほか、政治生活、田園生活の情景といった区分がなされているが、小説というものが抽象ではなく、日常的に食し、愛し、悲喜こもごもの生活や、時には、欺かれたりもするという具体的な生の場面に密着する表現形式とすれば、「風俗研究」が「人間喜劇」なるものの筆頭となったのはとうぜんであったのだ。とはつまり、一方では野心や欲望や情熱といったものが多様に描かれつつ、或いは、生命力が濫費されたり、或いは悲劇的結末がまっていたりする一方、金銭や利害や投機といったものが描かれるのだが、そこには運命的に不可抗力の、とはつまり、意志の力ではどうすることも叶わぬ生活に翻弄され、身を滅ぼすといった人生が描かれたのである。