HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*新古今集にある中世詩歌の無常観・・

               ・永らへば またこの頃や 忍ばれむ 

          憂しと見し世ぞ 今は恋しき

紀貫之に代表される古今集から、300年を隔てて成った勅撰和歌集新古今集だが、こには大きな変遷があったのはいうまでもない。その変遷の内実とは、古今集が現世肯定と現在の享楽、そして、美化にあったとすれば、新古今集のそれは、現世を憂い、厭い、現世を不毛とする色合いが強いところにある。

   ・やどりして 春の山辺に 寝たる夜は

          夢のうちにも 花ぞ散りける

                    紀貫之 

 この歌にみられるように、貫之の旅枕の歌は、宮廷人共通の美感に訴える類似性が内包されているのが知れる。     

 これに対して、式子内親王の旅枕の歌は、ひたすら自己をみつめたもの、聴いたものの世界に没入しているのであり、しめやかに告白的なものとなっていて、他者への語りかけや、生きる喜びを共有するといった要素は薄れているのである。 

     ほととぎす その神山の 旅枕

       ほの語らひし 空ぞ忘れぬ…

          式子内親王(1149- 1201)                                                  

 季節は四月。まだ不如帰は忍び音で啼くころ。不如帰よ、その昔、神山で、とはつまり、賀茂神社祭りの夜、神山の神舘で一夜を過ごしたものだったが、あの旅枕でほのかに啼いたあの空が今も忘れられないことではある、というのである。 これは単なるほととぎすへの回想、郷愁といったものではないことは自明であり、いつの夜とも知れぬ一夜、一度だけ逢ったをとこへの秘めたる恋の思いが込められた歌であり、それゆえに哀愁が感じられるというのである。    

 

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