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HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*「雀横丁年代記」とW.ラーベ ➁  

 

ところで、わたしの初めての作品は、54年の11月15日に書きはじめた「雀横丁年代記」*⑤なのだが、その文頭で、こう書き記した ものなのだ。:

 「実に、嫌な時代である。」*⑥と。

 だが、そこに記した私のモットーは、わたしの書いてきた長短68篇あるすべての作品に貫いているものなのである。私は25歳でこの処女作を発表して以来、半世紀近くにわたり書いてきたわけだが、実に、それはわたしの信念でもあった。わたしが生まれたのは、思えば、32年に82歳で逝った老ゲーテの死の前年だったが、ゲーテは当時、周知のように、生涯をかけて、ようやく完成しおえた大作「ファウスト」第二部に封印を施していたものなのだ。

 また、31年といえば、ヘーゲルが亡くなった年でもあったが、それはわがドイツの一時期をなした時代精神の終焉でもあったのだ。(*精神の優位性を主張するドイツ観念論の時代が過ぎ去ったことを指す。)そしてまた、31年当時というのは、文学思潮におけるロマン派の黄昏の時期でもあったが、暫くして後、48年に自由を求めての革命運動(*三月革命をさす)が挫折に終わると、人は寧ろ、個々の内面世界へと逃避してゆき、所謂、ビーダーマイアー(小市民)的心情の横行する時代へと移っていったのだ。が、一方では、近代産業の発達に伴い、時代は機械文明へと突入していった頃でもあったのだ。また、他方、ビスマルクがホーエンツォルレルン帝国の基礎を築いた戦争のあった時代でもあったが、つまり、この時期は実に、国家の不安定な危機の時代でもあったわけで、進歩のためには盲目的に突き進むことを余儀なくされた、謂わば、狂気の時代でもあったのだ。>>>わたしはこういう時代の中で、常に、一傍観者の立場にいたに過ぎなかったが、魂の奥では強い危機感をつづけておったことには違いなかったのだ。  

      ( 注 )  :

*⑤「雀横丁年代記」Die Chronik der Sperlings-gasse, これは1856年にヤーコプ・コルヴィーヌスという筆名で発表された処女作。

*⑥Es ist eigentlich eine  bose Zeit.!(因みに、これにつづく一節は、Das Lachen ist teuer geworden in der Welt. =笑いは実に、貴重なものとなってしまった、である。