HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* 戦後ドイツ作家の群像  作品年表:

 

1945 年以降 小説・散文・戯曲・詩 

                                    ・附 日本の戦後作家:

 

1946 ;   「死霊」埴谷雄高 「暗い絵」野間宏          

1947 :   「ネキア」或る生存者の報告 

            ノサック「聖書に曰く」戯曲デュレンマット 「戸口の外」戯曲ボルヒェルト 「斜陽」太宰治 

                「重き流れの中に」椎名麟三

1948 :  「より大いなる希望」アイヒンガー 

                 「死神とのインタヴュー」ノサック 

               「骨壺の砂』詩 ツェラン 

       「永遠なる序章」 椎名麟三「俘虜記」大岡昇平 

         「人間失格太宰治

1949 :  「汽車は遅れなかった」ベル 

          「ロムルス大帝」 戯曲 デュレンマット

            「仮面の告白三島由紀夫

1950 :「さんかのごいは くる日もくる日も

        啼きつづける」シュヌレ 

              「旅人よ スパに来たりなば」ベル

1951「アダムよ お前は 何処にいた」ベル 

     「野火」大岡昇平 「広場の孤独」堀田善衛

1952 :「鏡物語」アイヒンガー 

    「自由のさくらんぼ」アンデルシュ

     「ミシシッピー氏の結婚」戯曲デュレンマット 

   「罌粟と記憶」詩 ツェラン 「真空地帯」野間宏 

                     「風媒花」武田泰淳

1953:  「そして 一言も言わなかった」ベル 

                「詐欺師の楽園」ヒルデスハイマー 

                

1954  : 「愛のごとき事柄」ベンダー

           「ひかりごけ武田泰淳    

1955 :  「屋上の飛行機と他の物語」ヴァルザー 

         「遅くとも十一月には」ノサック  

            「ズーライケン風流譚」レンツ 

      「白い人」遠藤周作 「太陽の季節石原慎太郎

1956 :「貴婦人 故郷に帰る」戯曲 デュレンマット 

「大熊座への叫び」詩バッハマン 「金閣寺三島由紀夫 

   ノサック「死神とのインタヴュー」について: 

  ノサックの第一のテーマは時代における人間の生死の意味への問いかけであった。それを彼は再三再四、報告調に、訊問風に、探究・調査風に、あるいは寓話風に追求した。この「死神とのインタヴュー」は連作短編集で、その特色をよく表している。ここには鮮明で飾り気なく、しばしばモノローク風な語り口で彼の追跡した作品が収められた。それらは例えば、「ドロテーア」であり、神話風な「カサンドラ」であり、メルヒェン風な「海から来た若者」であり、あるいはシュールなモティーフの「アパッショナータ」や「死神とのインタヴュー」などである。そしてそこでは実存的な越境界が描かれたのだが、彼自身の体験を踏まえながら、ヘニー・ヤーンやカミュの読書を通じ、奈落における境界状況の視点から批評的に書いているのである。

 

1957 :「狼と鳩」ベンダー *「ザンジバル」アンデルシュ

「フィリップスブルクにおける様々な結婚」ヴァルザー                      「海と毒薬」遠藤周作  

       ヴァルザーの「フィリップスブルクにおける様々な

              結婚」について :  

   これは彼が30歳の時に発表した処女長編で、カフカにも似た寓意的な不確かさによってグロテスクな関係を風刺して、ドイツの現代社会を描き出した作品である。そこには四組の男女による放蕩的、姦通物語がエピソードとして描き出されたのだが、フィリップスブルク(シュトゥットガルト)における奇跡的に復興した社会は、虚栄に満ちた立身出世に栄達した単なる仮装舞踏会にすぎず、こうした人間性の欠如した世界にあって、そのうちの一人である若いジャーナリストのボイマンは、一人の社会的に恵まれない女給と関係を持ち、愚かに順応しながら、地方の名士の夜会会員の仲間入りを果たしえていたのである。ヴァルザーはまた、市民的イロニカーであるT.マンのようにユーモアに富んだイロニーを通して風刺的に社会を批判したのだが、彼はまた、一方、ベルやグラースやレンツのごとく、エッセイイスト、ジャーナリスト、あるいは語り手として多面的に政治にアンガージュ・参画した作家でもある。