HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* 戦後ドイツ作家 作品年表 3.  1945年以降

 

  •  1970:  「もはや 誰も知らない」*ブリンクマン

 「大阪のイエズス」ヘアブルガー    「男たちの円居」古井 由吉        「試みの岸」小川匡夫

  • 1971:  「デトレフの模擬酒場」    フィヒテ  「婦人のいる 群像」ベル 「夏の闇」開高健      「嵯峨野明月記」辻邦夫
  • 1972: 「長い別離への短い手紙」ハントケ 「恋物語」  ムシュク 「盗まれたメロディ」ノサック 「手鎖     心中」井上ひさし 「たった一人の反乱」丸谷才一 
  • 1973: 「山羊の角」メッケル 「洪水はわが魂に及び」   大江健三郎 「死海のほとり」遠藤周作 「箱舟」安倍公房 「帰らざる夏」加賀乙彦 
  • 1974:     「パウリンヒェンは 一人ぼっちで家にいた」ヴォーマン 「複合汚染」有吉佐和子
  • 1975: 「矯正」ベルンハルト        「四季」中村真一郎 「火宅の人」 檀一雄

 

Vgl.  *「もはや 誰も知らない」:

これは作者自身の固有の境遇を思い出させる長編で、プソイド的、とはつまり、似て非なる<彼>の観点から、教育学を専攻するケルン学生の緊張に満ちた実在が描かれた。即ち、この学生は学友の女性(彼との間には精神に障害のある子供がいる)、並びに、友人のライナーと一緒に暮らしているのだが、ライナーはホモであり、もう一人の友人ゲラルトは、あらぬことに、他人の性行為を覗き見して満足しているという所謂、ボアヤール・覗き魔なのである。  処で、主人公自身は夫婦生活に失望しているのだが、それは彼女が彼の性生活を満たしてくれないからではなく、寧ろ、彼みずからの持つ可能性の実現を妨げているからである。つまり、彼女は彼に、夫婦間における協力者としての義務、とりわけ、精神に障害を持つ子供の世話をする義務を負わせているからなのである 。 因みに、このような状況から生じる内部の葛藤をブリンクマンは短い散文作品「もはや先には進めない」や「これがすべてだ」、並びに、殺害を空想するところまで昂揚していく「委託」で既に扱っているが、このような作品を描いたブリンクマンは存命中には理解されず、孤立していたが、彼の魅力に引かれた少数の作家仲間もいたのは事実なのである。

*Keiner weiss mehr.  R.70    *Nichts weiter

`Das Alles        *Der Auftrag