「西東詩集」はゲーテ晩年になった作だが、東洋はまさに族長的な世界の地であった。そして、それは瞑想的な老年ゲーテの気分に適合した。そのような現実性から隔たった避難所としての東洋にゲーテは親縁性を見たのであった。
巻頭の詩、ヘジラHegire(移住)は老年ゲーテの遠方への魅力と逃亡から生まれたといって差し支えない。
北も西も 南も砕け 王座は裂け 国々は震える
移り住もう 清らかな東方で 族長の国の 大気を味わおう
愛と酒と詩にひたって キーゼルの泉で若返ろう
その純朴な正義の地で 人類の原始の深みに分け入ろう
そこは人々が まだ 神から天の教えを地の言葉で享(う)け
憶測して悩むことなかったところ
民は父祖を崇(あが)め敬(うやま)ひ 異郷の勤めを
すべて拒んだところ 認識は狭くとも信念は厚く
若さの境地を愉しむところ そこで重んじられた言葉は
口から口へ 口から耳への伝承的な一語一語 !!..
「西東詩集」は12の書からなり、約250篇からの全作品に一つの統一がなされているのだが、それはなにかというと、謂わば、ゲーテ晩年の気分の統一といったもので、それを言ひ換えるならば、考えうる最も拘束のない統一、即ち、「清らかな東方の、族長の国の空気」の統一と、それへの憧憬であった。
Nord und West und Sud zersplittern,
Throne bersten, Reiche zittern,
Fluchte du , im reinen Osten
Patriarchen-Luft zu kosten,
Unter Lieben ,Trinken, Singen,
soll dich Chisters Quell verjungen.
Dort , im Reinen und im Rechten,
Will ich menschlichen Geschlechten
In des Ursprungs Tiefe dringen,
wo sich noch von Gott empfingen
Himmels-lehr' in Erdesprachen,
Und sich nicht den Kopf zerbrachen.
Aus: Hegire : Buch des Sangers (Moganni Nameh)