HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*カッコウと負傷帰還兵: 

 

カッコウが啼いている。その啼き声は、辺りに響きわたり木霊している。すると、その啼き声に目ざめた夫は、かれは負傷帰還兵であったが、手足や体を思いきりの伸ばすと、心地よさそうに呻き声をあげた。そして傍らの妻の手をつかもうとした。だが、妻はその手を少し引いた。あたかも、気持ちが少しづつ遠ざかっているように。すると、夫は諦めたように背を向けると、

「フィーア(4),...フュンフ(5),...」とカッコウの啼き声を口の中でかぞえはじめた。それは 義足があとどのくらい月日が経てばくるのかをかぞえているようでもあった。

「ゼックス(6),...ズィーベン(7)...」夫がかぞえていると、妻も背を向けたまま、ツヴェルフ(12),....ドゥライツェーン(13)....」と小さな声で数え始めた。夫はその声に唱和するように、 アハトゥ....,ノイン.....,ツェーン.....、と半ば腹立たしげに数えると、数えるのをやめた。意気がすこしづつ消沈してきたからであった。義足がいつ来るかは皆目、見当もつかなかったからだ。

一方の妻は、それに気づかずに、フュンフツェーン(15)......,ゼッヒツェーン(16)......,と無頓着に数えていたが、ツヴァンツィッヒと20までくると、そこで数えるのをやめた。と、その時だった。カッコウのオスも啼くのをやめて、甘く誘うような声を二度三度と残すと、飛び去ってしまったようであった。妻はこのカッコウの啼き声を共にかぞえながらも、その心は別のところにあった。彼女の脳裡では、走馬灯のように、過去の思いが浮かんでは消えていたのだ。初めてダンスホールに誘ってくれたヤコプのこと、もしかして結婚してカナダに移住しようと考えていたエドワードのこと、毛皮獣の農場を所有していて羽振りの良かったカールのこと、銀行員であったエルンストのこと、捕虜として匿ってやったフランス兵のこと、などなど。・・彼女は20まで数えながら、過ぎ去った年月を想いおこしていたのだ。それはいわば、罪なき罪ともいえるものではあったが、今となっては霧の中に消えて行った過去の想い出深い人への幾分、哀愁を帯びた想いであったこのように夫は10まで数えて10年という年月を未来に追い求めていたのだが、そこには過去への思いと、未来への思いとの間に、実に30年もの開きがあった。夫婦とは、そして、人生とはこんなふうに、秘かに心を遠ざけ、ちぐはぐな心情をいつの間にか交錯させているものなのである。 

 その朝は涼しかった。西の方、遙かに嵐があって庭にも大雨を降らせていたのだが、厚い雲に覆われていた上空に、朝焼けが映え渡ると、次第に明るくなってきた。そんな中をカッコウがエコーするように響きわたっていると、啼き声に雷も共鳴しているのが夫婦の耳にも聞こえてくる。そして時には、稲光も空高くに光り、夫人の瞼にはその都度、過去に親しく関わった面影が浮かんでくるのであった。

    当時、夫は出征中で、翌年に野葡萄が庭の垣根になり蜂が集まってくる頃、帰還してきたのである。だが、彼は不機嫌に歯を食いしばり、腋の下に松葉杖をつき、体を支えていたのだ。夫は右足にひどい負傷を負っていて、もはや靴を履くことはできなくなっていたのだ。そして、いつ来るかわからない義足をしびれを切らして待っていたのである。

「痛みますの、...今日みたいに天気が変わる日には、膝が」

夫人は一陣の風が突如、吹いて、ベッドに立てかけてあった松葉づえが音を立てて倒れると、向き直っていった。夫はすると、黙ったなり首を横に振り、微かな声で云った。

「いいや、大丈夫だ・・・」   

             現代ドイツ短篇選 拙訳から

*E.Langgasser ; Kuckuck Aus ; Torso   

Gesammte Werke . Claassen Vlg. 1964. S.376-381.....