HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* 戦後ドイツ作家 作品年表 2. :

 

1958年:「父の髭がまだ赤かったころ」シュヌレ

1959年: 「九時半の ビリアード」ベル 

      「ヤーコプについての推測」ヨーンゾン 

    「ブリキの太鼓」グラス「日本三文オペラ開高健 

1960年:「赤毛の女」アンデルシュ 

   「死の棘」島尾敏雄

1961年: 「揺れる家」ベンダー「30歳」バッハマン 

「猫と鼠」グラス「サルマティアの時」詩ボブロフスキー         「雁の寺」水上勉

1962年: 「家屋建設における困難」レッタウ 

  「物理学者」戯曲 デュレンマット 

 「夢の国、処々の河」詩 ボブロフスキー

  「砂の女安部公房「悲の器」高橋和己 

 「飢餓海峡水上勉 

1963年:「犬の年」グラス「トュルクへの旅立ち」フィヒテ 「霜」ベルンハルト「或る道化師の意見」ベル

    「引き裂かれた空」ヴォルフ   

  「忘却の河」福永武彦「回廊にて」辻邦生

1964年:(東京オリンピックの年) :

「本当はブルーム夫人は  牛乳配達人と知り合いになりたかったのだ」ビクセル 

「レーヴィンの水車小屋」ボブロフスキー 

「されど我らが日々」柴田翔「個人的な体験」大江健三郎    「他人の顔」安部公房「楡家の人々」北杜夫

1965年: 「狼が戻ってきた」ベンダー「孤児院」フィヒテ  

 *「更なる別れ」ヴォーマン「野兎の夏」ムシュク 

「黒い雨」井伏鱒二「幻化」梅崎春生   

1966年: 「真実を書くに際しての諸困難」ハイセンビュッテル       「死の島」福永武彦「沈黙」遠藤周作

*「更なる別れ」:ヴォーマン :

  ガブリエレ・ヴォーマン第二作目の長編。33歳の語り手である主人公は両親に更な別れを告げロンドンの恋人のところに向かう。だが、恋人はすでに結婚していて或る協会の顧問で多忙を理由に会ってはくれない。事実、仕事一筋に出張や講演旅行に余念がない。だが一方、彼はすでに離婚もしているのだが、それは隠している。彼はまた、喉頭がんに罹っていて喋ることにも億劫になっているため、両者の関係は益々、険悪になるばかり。そんななか、殺害を企てようとするもそれが挫折に終わると、語り手の主人公はやがて、妹の命日に家族のもとに戻っていくのである。

この小説はモノローク・独白体で書かれているが、これはまた、亡くなった妹への作者の追慕でもあったのである。 

1967年: *「エフライム」アンデルシュ 

 「レイテ戦記」大岡昇平「燃え尽きた地図」安部公房     

1968年 :「地下酒場」フィヒテ「国語の時間」レンツ 

「クリスタT.に関する追想」ブォルフ 

  「輝ける闇」開高健 

 1969年: 「子供のための物語」ビクセル          

 「エフライム」:  アンデルシュ: 

  第三作目の長編小説。こんな内容である。:  ユダヤ人のエフライムは1935年ベルリンからイギリスに渡り、イギリス軍に勤務した。両親はドイツの強制収容所で既に、殺害されていた。エフライムは幸い、ロンドンの或る週刊誌の花形リポーターになりイギリスに同化していた。62年に仕事で故国に帰国すると、写真家の妻とは折り合わず離婚してしまう。そして、彼はジャーナリストの仕事を諦め作家として自立していく決断をするのである

 *レンツの「故郷の博物館」Heimat-Museum  :  

     レンツはギュンター・グラースと同様、学徒動員により第二次大戦下の前線に送られた、所謂、アメリカの<ロスト・ジエネレーション>失われた世代、例えば、ヘミングウエイなどと同じ、終戦後、祖国からは見捨てられたと感じだ作家のひとりであった。レンツが短編並びに、長編で描いているのは裏切り、迫害、逃走や抵抗、挫折などであるが、ヘミングウエイと異なっているのは暴力行使的瞬間ではなく、寧ろ、敗北後や敗北中の時であり、試練や苦難の瞬間の前後の時を描いたことである。例えば年代記風に描いた長編「故郷の博物館」はナチスの過去の部分を考察した。つまり、追放された農民を例に、故郷・ハイマートという概念の問題提起を実例として多層的に示した。即ち、叔父から小さな故郷の博物館」を受け継いだロガーラはナチスによるイデオロギー的な濫用から守る。が、またシュレスヴィッヒで買い求めた故郷博物館が偏狂的愛国主義の目的から服従の目にあうと、放火してしまう。すると年老いた絨毯織りのマイスターは悟ったのだ。つまり、失われたハイマートは過ぎ去った少年時代と変わりなく再びは取り戻せなく、ただ追憶のなかでのみ生き続けているのだ、と。こうして博物館は廃絶されてしまう。レンツはそれを15日間にわたる長いエピソードの連環として、諧謔とユーモアを交えたアネクドーテとして描き、それは同時に彼の第一次大戦から現在に至る一つの心象風景でもあり、彼の生涯の一パノラマでもあったのである。  

Siegfried Lenz;  Heimat-Museum

Aus: K. Rothmann  

Reclam   ebd. S.250ff...