*メーリケ詩と書簡から:
夜ふけに 村の夜番が叫んだ--: 11時(エルフェ)だ!.. すると 森で寝ていた小妖精は 早合点 すぐに 共鳴した :-- あたしがエルフェよ!.... 誰かが じぶんの名を 呼んだと思ったのだ はて 鶯か それとも ジルベリットか 妖精が 眠い目を こすりつつ 夜道を とぼ…
1834年30歳の時、牧師になった詩人メーリケ。 彼は母を呼び寄せ9年間を暮らす。が、1841年に母が亡くなると病気がちに、40代で年金生活者となった。 その後、46歳の時、シュトゥットガルトの女子高教師なると、12歳年下の妹の友人と結婚、二人の娘を授かった…
星は きらめき 鶏の鳴く 朝まだき 乙女は かまどに 火を おこす 炎のかがやき うつくしく 火花が 飛び散り 覗いては 乙女の 悲しみ ますばかり そも 乙女の 胸に 夜中に こつぜん 顕れいでし 彼が夢の 思ひの深き なればこそ すると 泪が あふれ ぽたぽたと …
*1875年のメーリケの死後、彼の才能を理解するひとは、ほんの一部にすぎなかったが、19世紀末になると次第にシュヴァーベン・アレマン地方で評価されはじめ、その後、H.ヴォルフWolfによってドイツリートと して作曲されると広く広まり、 メーリケの評価は今…
* ゲーテ以降で、その多様性と独創性でメーリケほど抒情詩において抜きんでた詩人は、そう多くは見当たらない。が、彼の生涯は決して耀いていたのではなかった。寧ろ、憂慮に富んだものであった。zB.弟の死、姉の衰弱、別の弟カールの政治活動による拘禁、ま…
1875年6月4日、シュトゥットガルトで亡くなったメーリケ(享年71歳)は、それより10年前に、すでに詩作は衰退していたが、最も旺盛だったのは1837年から38年にかけて(33歳から34歳)で、38年には150篇の詩を書き一冊に纏(まと)めていた。 死の20年前に出た1855…