HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*気高き船よ:「酔いどれ草の仲買人」より

 

気高き船よ 甲板より 船首船尾に至るまで

 ホメロスの ギリシア人が

東のトロイアに渡りし船の姿に似て

今 われらをメリーランドの岸辺に 運びゆく

    *

  文学は、人生の単純素朴な態度を修正してくれ、人生はただ一つと思い込んでいる固定観念から、人を解放してくれはする。けれども、実際問題の解決策は偶然にしか与えられず。

 では、文学も無力だとすれば、後に何があるか。

英国の桂冠詩人 エベニーザー・クックはおのれの気持ちをそのまま船に呼びかけた。

彼はわが身を悉くミューズ・詩神に委ね、四行詩の形式を捨て、叙情詩に相応しい長さに改めながら書いていった。

 

 船長は 海神(わだつみ)にも似て

舵の辺(ほとり)を 悠揚と行きつ戻りつ

大空に向かい 声を張り上げ 指図を仰ぐ 

空高き帆柱の 頂に留まりたる船乗りは

帆を拡げつ 畳みつ 風を捕らえ

疾風(はやて)を巧みに 躱(かわ)しゆく

おお 海の男よ 

海神ポセイドンの息子たる輩(ともがら)よ

猛りしアトランティスの 大海原を ものともせず

風に 敢然と抗(あらが)い 荒浪を乗り越えてゆく

 強者(つわもの)に 幸あれ

 麗しのアルビオン(英国)の誇りなれば

   ***

 白昼夢を見ているような想いのエベニーザーの目には、空には光が溢れ、  東風が爽やかに、  燦(きら)めく海には白波が立ち、パイプの煙草の火は風に煽られるたびに色を変えていた。・・・

  *** John Barth : The sot-weed Factor より

 

 

 

 

*ジョン・バース「酔いどれ草の仲買人」より

 

詩の末尾に、メリーランドの桂冠詩人にして紳士たるエベニーザー・クックと書き添えた彼の二行連句詩篇は、船側を泳いだり、航跡に船を追うてくる海豚の群れを、歓喜に酔いつつ眺めては、ミルトンやサミュエル・バトラーの著作を取り出し、これを参考にしながら初めて眼にするメリーランドの俤(おもかげ)を描いたもので、こんなことが書かれていた。:

  トロイアを撃ちて戻りし ユリシーズ

  破れ衣を纏(まと)い 彷徨う西の方

  白波の踊りし海の荒野を

  十年に渡りたる放浪にも倦み

   竟(つい)に見し イサカの浜辺

   嗚呼 身に沁みたる苦難は去り

  まことに 天国にも似たる岸辺も

  武骨たる岩も 蕭条としたる磯も

  見つれば 妙に魅するものと・・ 

されば 誇りなる この国の

天国を凌ぐ美しさは 如何ばかりか

黄金なす砂浜も 翠(みどり)なす木立も

心地良き港は 疲れ果てたる水夫を癒し

眼に入りしものは 悉(ことごと)く麗しく

詩人の歌も 妙なる言葉を重ねつつ

メリーランドの魅惑を 須(すべか)らく

 語りつくさん この時ぞ

海原の果てしなき難所を いや逃れ

恙(つつが)なく 辿りつきたる歓びは 如何ばかりか

船人は 船の高き帆柱に攀(よ)じ登り

 噫 目のあたりに見る 郷(さと)の美しさよ!...

   * John Barth : The sot-weed Factor

 

*その日を掴め: ソール・ベローより

 

「・・ 私の友人が綿花について秘密の情報を流してくれたな。わたしは勿論、そいつをごっそり買ったよ。電話での買い付けで すると綿花の積み荷が、まだ海にあるうちに価格が三倍に高騰し世界の綿花市場がてんやわんやになる。するとこの船荷の荷主は誰かと云うことになった。無論、わたしだったのだが、わたしは信用調査されるや、ただの医者にすぎないのが分かると、取引はキャンセルだ。だが、これは不法行為なのさ。だから勿論、訴訟をしてやった。・・・」

 

「われわれ科学者は、なあ、ウィルヘルムくん、不合理と思える罪の意識について語るものだよ。」とタムキン博士は云った。「だが、そういう状況になれば、金銭問題から危害をそいつに加えたくなる。・・money(金銭)とmurder(殺し)は同じMから始まっているじゃないか。machinery(機械装置)、それにmischief(危害も)・・」

するとウィルヘルムは思いついたように云った。

「mercy(慈悲)というのもありますよ。 "人情と云う甘いmilk"という"マクベス"か何かに出てくるものもね・・」

「まあ、これで一つの事実がはっきりするだろう。つまり、金儲けは攻撃に他ならない。それがすべてだ、ウィルヘルムくん」

   *Saul Bellow:  Seize the Day!..

 

・ウィルヘルムの父親は元内科医で、今は隠退しているが、かなりの資産家。だが、息子の生き方に不満で経済的援助は断っている。

一方、ウィルヘルムは成功を求めつつも、ことごとくうまくいかず、失業しつつ、離婚調停中の妻子の生活費のために、金銭上でも起死回生を目論んでいる。

そして その彼に商品相場に誘い、投資するように仕向け、彼を経済的破綻に追い込むのはタムキン博士、自称 心理学者である。

*ジッド「贋金つかい」より

 

「文学で、例えば、ラシーヌ劇で父親と息子たちのやり取りほど感心させられるものはない・・」とオリヴィエの叔父で作家のエドゥアールは云った。

「いいですか。芸術は要するに、普遍的なものです。・・つまり、個別的なものによって普遍的なものを表現しているのです。・・ああ、ちょっとパイプを喫煙してよろしいでしょうか」

「どうぞ、御遠慮なさらないで・・」ソフロニスカは云った。

「ところで、ぼくは今「贋金つかい」という小説の構想を練っているのですが、ぼくの創りたいと思っている小説は人間性に根ざしながら真実性に富み、そして 虚構性にも富むといった作品でしてね。さしづめ、そんな例はラシーヌで云えば「アタリー」、モリエールで云えば「タルチュフ」と云ったところでしょうか。」

「それで、その主題は何なのでしょう」

「そんなものはありません」とエドゥアールは云った。

「ぼくの小説には主題はない。これをお望みなら、こういってもいい。つまり、主題はたった一つではないのです。・・思えば、自然主義派の欠陥は、人生の断片をいつも、同じ方向に、時間の縦軸に沿って切りとったことなのです。・・ いいでしょうか。ぼくは小説に横軸も差し込み、何もかも盛り込みたいと思っています。ですから、わが身に起こったことは何もかもつぎ込み、細大漏らさずに、・・ですから、僕の見るもの、知ること、他人やぼく自身の生活から教えられるものは全て盛り込みたいのです」

「でも、それがみんな様式化されますかしら・・」ソフロニスカ夫人はすこし、皮肉を込めるように言った。 ローラに至っては苦笑を禁じ得ないような表情を見せた。すると エドゥアールは肩を竦めて云った。

「ぼくのしたいのは、目論見はいいでしょうか、現実を表現し、その現実を様式化する努力を表現することなのです。」

「あなた、読者がそれでは、うんざりしてよ」とローラは苦笑を通り越して笑い出してしまった。

「そんなことあるものか」

「ええ、とっても風変わりな面白いものになりそうね」とソフロニスカ夫人は丁寧に云った。

「でも、ご存知でしょうけど、インテリたちだけは登場させない方がいいことよ。必ず危険が伴いますもの。一般の読者は閉口して退いていきますものね・・」

  *** Gide:  1869-1951

                Les Faux-Monnayeurs.

     1945: ゲーテ賞  ノーベル文学賞

因みに、「贋金つかい」は唯一のロマーンで、他には、一人称の語り手による単線的な筋の作品で《レシ》と呼ばれる《背徳者」や「狭き門」、「田園交響楽」などがよく知られている。

*メルヴィル「白鯨」より

 

・・鯨全体の測り知れないほどの力が全て、尾鰭に集結しているかと思えるほどである。だが、この素晴らしい力は尾鰭の優美なしなやかさを聊かも、損なうものではなく、寧ろ、思わず見とれてしまうほどの動きの美しさである。・・

真の力というものは 決して、美や調和を損なわず、いや寧ろ、逆にそれを与えているといえよう。

 

全ての圧倒的な美しさには、その魅惑にと云うものが大きく関与しているのである。

   例えば、ヘラクレスの大理石像から 全身を緊縛する  はち切れそうな腱をすべて取り去ってみるがいい。その魅力は忽ち、立ち消えてしまうであろう。

  また、ミケランジェロが 父なる神を人間の姿に象って描いたとき、どんなに逞しさを表したか。・・

またゲーテをこの上なく敬愛したエッカーマンが、ゲーテの亡骸からリンネルの覆いを持ちあげたとき、ローマの凱旋門を思わせる筋骨隆々たる その胸に圧倒されたというのである。・・

  *** H. Melville: 1819-  91;

            Moby-Dick.  :The white Whale

 

*噴水 :ボードレール「惡の華」より

 

噴き上げる 水は千々の 花と咲き

嬉々とした 月の光の 色に染まり

しとど 泪の雨に似て 落ちかかる・・

 

おお 夜の闇に 美しきひとよ

きみが胸に 身を傾けて 

池のほとりに すすり泣く

月よ さざめく水よ 祝福された夜よ

辺りに 戦慄いている 樹々よ

汝が澄みきった 憂わしさが

鏡となって わが愛を 映し出す・・

  ***C.P.Baudelaire: 1821-  67

               Les Fleurs du mal 「惡の華」 より

*讃歌: ボードレール「惡の華」より

 

愛しさと 美しさの きわみにして

こころを 光明で 満たしてくれるひと

天使のような偶像に 

永久なる幸の あらんことを・・

 

そのひとは ぼくの中に

潮風のように拡がり

ぼくの魂に 永遠の満足を 

注いでくれる

 

いつも新鮮な 匂い袋のような あなた

あなたは 懐かしき隠れ家に 

立ち込める吊り香炉のように

その香りが 夜を潜って漂い来る

 

どうすれば あなたとの恋の情念を

真に 表現できよう

目には見えぬまま わがこころの奥底に

潜んでいる 麝香なるあなたを・・

 

善良さと 美しさの きわみにして

わが喜びと健康を もたらすあなた

天使のような あなたに

永久なる幸の あらんことを・・

  ***Hymne

1854年 サバティエ夫人に宛てて より

*ホーソン: 「緋文字」より

 

しかしヘスター・プリンは首を横に振った。

「よいか、神の慈悲の限度を超えてはならぬ」

ウイルソン老牧師は 一段と 荒々しい口調で云った。・その子の父親の名前を云うのだ。そうして懺悔すれば、その緋文字を胸から外してやってもいいのだぞ」

「いやです、できません」とヘスター・プリンは若い牧師の苦悩に満ちた目を見つめて云った。

「これは お取りになることは許されません。 それに  この方の苦しみも 共に耐え忍びたいのです」

「云うのだ」冷やかな別の声が 群衆の中から聞こえた。

「いうのだ。そうして その子の 父親を明らかにするのだ」

「いえません・・・」とヘスター・プリンは真っ青になりながら答えた。

「この子は 天にいます父を求めなければいけないのです。地上の父親は教えられません」

哀れなこの罪人の心が 手に負えないとわかると、老牧師は群衆に向かって、《A》という不名誉な文字に 絶えず言及することを忘れず、一時間余り論じたてた。  そのあいだ、ヘスター・プリンは虚ろな もの憂げな眼で恥辱の台座に、その朝、立っていたのであった。

  ***   Hawthorne : The  scarlet Letter

*A.マルロー:「王道」より

 

「いや違う」とぺルケンは云った。

「あっちの女だ」

《サディストかな、この人》とクロードは思った。

噂によると、ペルケンはシャム政府の依頼で未帰属部族のもとに派遣されたとか、ビルマ東部のシャン高原地方やラオス辺境地方の統合にのりだしたとか、バンコク政府との関係は奇妙なもので、ある時は友好的かと思えば、ある時は険悪であるとか、最近では聊かの批判も受け付けぬ支配への情熱、力への情熱が見受けられるとか、その彼にも衰えが見えてきているとか、更には、色好みになっているとか言われていた。しかし、この船の上では自分から抑制していなければ女たちに取り囲まれていたに違いないのだ。

《何かがある。けれども、サディズムといったものじゃない》

ペルケンはデッキチェアーの背に頭を持たせかけると、残忍な執政官の仮面が明るい光の中に顕れ、目のくぼみと鼻の影との明暗を際立たせていた。煙草の煙がまっすぐに立ち上り、濃い闇に消えていった。・・・

 ***  A. Malraux 「王道」 より

クロード: フランス政府から派遣され、クメール遺跡の発掘を企てている26歳の青年。

ペルケン: ドイツ人らしき伝説に取り囲まれた男で、シャム政府の依頼で、未帰属部族の統合に乗り出したこともある。幾多の酋長とも親しく、クロードの計画に心を寄せている。

 

 

 

 

 

 

 

 

*「クレーヴの奥方」や「ルネ」といった・・:プルースト「スワン家の方へ」より

 

 

・・ピアノの鍵盤では あちこちに鍵盤を構成する愛情・情熱・勇気・平静といったキーのうちの幾つかが 未踏の闇によって 互いに隔てられていて、その各々は宇宙が一つ一つ異なるように 他のキーと異なっているのだが、それらは偉大な作曲家にみいだされ、見出したテーマに対応するものを われわれのうちに目覚めさせてくれるのである。そして こちらの知らぬうちに空虚や虚無とみなしている自分たちの魂の絶望的な夜が、どんな富や変化を隠し持っているかを示してくれる。作曲家ヴァントゥイユの小楽節は 理性には曖昧だが非常に充実した内実が感ぜられ新しく独創的な力を賦与しているのである。それでこれを聞いた人は 知性の観念とともに 彼の小楽節をこころに留めておくのだった。

スワンは愛と幸福の概念として これを思い返していると、いつしか あの「クレーヴの奥方」や「ルネ」が憶い出されてきて、それがどういう点で特別なのか すぐわかったのである。

  *** プルースト失われた時を求めて」 より

Vgl.

クレーヴの奥方」: 17世紀の閨秀作家・ラ・ファイエット夫人の代表作。

「ルネ」: シャトーブリアンの作。