HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*ランゲッサーの異世界:異教的な神話の試み

   Sonntag Quinqua-gesima :

人は同朋(はらから) ともに生き 傷(いた)みも情熱も 分かちあひ

さながら 灼熱の地獄のなか 泪して 熱く たゆまず こころを ひとつにと願ふ

されど 悲しきかな!.. 

鷲のように 飛翔しても 憧憬は世の園に とどまり・・

 神から離れ 流浪し 留まりしところ : 

 おお なんと 無慈悲なこと !. .みずからを 憎まねばならぬとは

  主は おはします されど 遠く遙か・・

 嗚呼 いつの日か 罪に気づき 悔悛するまではと )) ) --

* E. ランゲッサー 「仔羊の回帰線」 M. Natsume 訳より

 E. Langgasser: Gedichte  ebd. S.44f.. Claassen Vlg. 1959...

      ***   ))) ))*

     ランゲッサーの長編詩「光のミサ聖祭」について:Lichtmess in Februar

  ランゲッサーの長編詩「光のミサ聖祭」は、そのタイトルからも想像できるように、宗教的なテーマを扱った作品で、この詩は、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの三部構成からなり、異世界を舞台にした内容が展開される。

しかし、これは単なる魔術界の物語ではなく、聖なる世界を描いているのが特徴である

・ところで、ラテン語古代ローマで使用されていた言語であり、現在でもカトリック典礼などで使われ、その古典的な美しさと歴史的重要性は多くの有名なフレーズによって なお 語り継がれている。例えば、zB./--

*「Carpe Diem」(今この瞬間を最大限に楽しめ)、

Veni, Vidi, Vici」(来て、見て、勝った)などのフレーズは、ラテン語の遺産の一部として知られている。

        ランゲッサーの「光のミサ聖祭」Lichtmess in Februar は、このようなラテン語のフレーズを通じて深いメッセージを伝え、この詩がどのように響くか、その解釈はそれぞれの心に委ねられ、それが文学の魅力の一つとなっているのだ。。。

  * ランゲッサーの作品とその影響:

 ランゲッサーは、20世紀の戦後ドイツ文学を代表する閨秀作家で、作品は自然叙情詩から始まり、ナチス時代の苦難を経て、戦後のキリスト教文学の可能性を追求するものへと進化した。

 ランゲッサーの詩集『仔羊の回帰線』Der Wende-kreis des Lammes(1924)や小説『プロゼルピナ』Proserpina(1932)は初期の作品であり、自然との深いつながりや宗教的なテーマを探求している。

 ナチス政権下でのランゲッサーの生活は困窮を極め「半ユダヤ人」として執筆禁止の処分を受け、強制労働に従事させられるなど多くの試練に直面した。しかし、この時期にも彼女は創作活動を続け、短篇集『トルソ』Torso(1947)を発表。

この20数編の短篇と詩篇からなる作品は、戦時中のドイツ人の苦悩と悲惨を描いたもので、ランゲッサーの深い心の痛みが表現された。

 戦後、ランゲッサーは詩集『葉男とバラ』Der Laubmann und die Rose(1947)や、『変容詩集』Metamorphose(1951)などを発表し、新しいキリスト教文学の可能性を模索した。

また、代表作である小説『消えない印』Das unausloschliche Siegel(1946)は、主人公の運命を追いながら、洗礼の秘蹟、罪と恩寵、神とサタンの対立など、深い神学的テーマを扱い、『マルク地方のアルゴ船巡礼』Markische Argonauten-Fahrt(1950)では、異教的、古典古代的神話の形象とキリスト教歴史観の融合を試みている。。。

 

 ランゲッサーの作品は個人的な経験と深い信仰に根ざしており 多くの示唆を与え、時代を超え 人間の内面と外界との関係を探るものとして、今でも評価されている。

* 懐かしき夢: ハイネ より

懐かしき夢をみた: 五月の夜のこと
ぼくたちは 菩提樹の木蔭(こかげ)で
永久(とわ)の愛を誓って いた  それは新たな誓い
くすくす笑ひ 愛撫し接吻を交わし 
ぼくは誓いを こころに留めた
けれども ぼくを苦しめていたとは
おお 恋人よ!... きみの誓いは美しくも
辛辣だったね   誓いに嘘はなかったのに
きみの辛辣さは  超過激だったとは!..             
H.Heine : Der alte  Traum 
Aus : Dt. Liebesgedichte Reclam  ebd.  S. 33f.
  * Heinrich Heine :         
  Mir traumte wieder der alte Traum:
Es war eine Nacht im Mai,
Wir sassen unter dem Linden-Baum,
Und schwuren uns ewige Treue.
Das war ein Schworen und Schworen aufs Neu,
Ein Kichern, ein Kosen, ein Kussen;
Dass ich gedenk des Scwures sei,
Hast du in die Hand mich gebissen. 
 O Liebchen mit den Auglein klar !..
   O Liebchen, schon und bissig !..
   Das Schworen in der Ordnung war,
   Das Beissen war uberflussig .
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*ニーチェと学者詩人:Philologen Poeten

   学問と芸術とに心砕いた哲学者 ニーチェ:Nietzsche

彼は「偶像の黄昏」で ブルクハルトを尊敬すべき友人と述べ

彼の「イタリア ルネッサンス」に 学問と芸術の美しい融和を みとめていた 

ルネッサンスの詩人は また学者でもあった:

彼らは古典古代の再発見をしたのだが

その一人にペトラルカがいた また 別の一人にボッカチオがいた

国も時代も異なるが 詩人で学者にはゲーテGoethe がいた

そしてまた 東方の言語と文化に造詣が深いリュッケルト Ruckert がいた

彼らは ニーチェのいう典型的な学者詩人であった: 

フィロローゲン・ポエッテンであった>>---

 

*::スタンダール より

  'おお 春! 四月は 定かならぬ輝きに満ち!.. 

  恋愛も 陽の輝きに あふるる

が やがて 雲は すべてを覆い隠しおり  

          シェイクスピア --

  「赤と黒」第一部 第十九章 導入部より 

   *

 

* プルースト より ⑵

17世紀オランダの画家フェルメールについてオデットはスワンに訊ねた。

この画家は女性のために苦しんだことがあるのかしら、女性からインスピレーションを与えられたことがあって?...

スワンが、実は、わかっていないというと、彼女はフェルメールに興味を失っていた。

オデットはよく、こんなことを云ったものだ。

詩より美しいものはないかもしれない。でも、詩が真実で書いてあればの話。詩人というのは欲の突っ張ったひとが多いのよ。・・詩の中で愛だの星だの書いていると、其れに騙され30万フランものお金を取られてしまったお友達もいるわ。

 スワンが芸術の美しさと、詩や絵画をどう鑑賞すべきか云おうとすると、オデットは芸術に幻滅したように云った。

そう。思ってもみなかったわ。あなたは いつも冷静ね。 

   オデットは気付いたのだ。スワンはお金には恬淡で愛想もよく、優しい心遣いをする人だと。

      プルースト失われた時を求めて」より

 

 

 

* 「ファウスト」真夜中 より

Faust:       Entferne dich :  さっさと 立ち去ることだな 用はない:   

Die Sorge:  Ich bin am rechten Ort:    いいえ わたしは居させてもらうわ  

ファウスト: 始めは 怒りが込み上げてきたが、やがて、 気を静めて:

ならば 呪文は 口にせぬことだ

憂い:    わたしの声は 耳から入っていくのではないわ 直に こころに 響くのよ     不安とともに・・ ですから 呪われたりもするけど でも あなたには憂いなど 無縁かしら  ~11432

 Stets gefunden ,nie gesucht /   So geschmeichelt  ,wie verflucht.

Hast du Die Sorge nie gekannt ?....... /

 

 

 

 

*ダンテ「神曲」:天国篇 第11歌 より

おお 人間!  その純(おぞ)ましさ:   - ある者は法学を ある者は医術を追いもとめ -    ある者は司祭にならんとす また ある者は詐術に手を伸ばし -  はたまた 快楽に酔い 懶惰(らんだ)を貪( むさぼ)る輩もいる・・- わたしは だが それらの塵労からは解かれ 

ベアトリーチェに案内され 天界を目指した そして-  霊が戻ってくると おのれを定着させた すると -  話しかけてきたトマス・アクィナスの零体から かく語るを耳にしたのだ。: -  輝きは増し 永遠の光を見つめていると 汝が思ひは判る だが-  きみは言葉を解せず戸惑ひ分かり易くと願った・・- さても 天使であれ人間であれ 造られた神の摂理は なぜに捨て賜うと呼ばわるイエスのために-   二人の権能者を選び左右に配し 道しるべに定められたのだ。--  一人は天使で最高位階の 愛のセラフィムを想起させ、-   もう一人は知恵深く知に輝く天使ケルビムを想起させ...- 聖フランチェスコであった・・ *ダンテ「神曲」天国篇 第11歌より

 

 

 

 

* 激しい恋愛:「赤と黒」より

    バッソンピエール時代のフランスの英雄的な感情に、恋愛をみてとっていた彼女。...:

 

    バッソンピエール(1579-1646)は、元帥にして外交官、ホフマンスタールの短編「バッソンピエール奇譚」でも知られているが、突然、マチルドは上気したのだ。

  あたし恋をしているのだわ。恋をしている。

    若いのですもの、才知だって 備わって。ですから、恋をしていないなんて、あっては いけないのよ。刺激にこそ 命は あるのですもの。・・

 すると その時マチルドは「新エロイーズ」の恋愛描写を思い浮かべた。

  勿論、激しい恋愛を。 生ぬるい恋愛など ありえないのだ。

      第二部 第十一章「若い魅力」 より 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*プルーストより

     ピアノの鍵盤では愛情・情熱・勇気・平静といったキーが他のキーと異なって、作曲家の手にかかると目覚めさせてくれる。

そのように、作曲家ヴァンの楽節には、充実した内実が感ぜられた。

  スワンは、いつしか、クレーヴの奥方が憶い出していた。

  プルースト失われた時を求めて」 より

 

*「クレーヴの奥方」: 17世紀の閨秀作家・ラ・ファイエット夫人の代表作。

 

 

*アヤックスの盾には絡みつく蛇が:

       * 8909- 9126  :

    ・   この箇所はフォルキアスの台詞、「薄曇りの朝、輝きまばゆく真昼の太陽よ!.」以下、第三幕その1の最後までの場面であるが、それまでのヤンブスのトリメーター、短長・抑揚格の3音格詩がトロケーウスの長短・揚抑格のテトゥラメーター、即ち、4 歩格・4詩格からなる詩行にとって代わっている。

  因みに、テトラtetra-とは、vier、4を意味し、これも古代ギリシアの悲劇に倣ったものである。

  フォルキアス :  見てのとおり アヤックスの盾には 絡(から)みつく蛇が描かれ 

テーベを攻めた7人の勇士たちも その盾に意味深い図柄をつけておった。夜空に輝く月や星も 女神も 英雄もあった。

  ・9035 ~:

梯子(はしご)や剣や松明(たいまつ)や 威嚇する攻め道具も 様様な図柄になった。また ゲルマンの勇士たちも 先祖代々 そうした紋章をつけ、獅子や鷲 鳥獣の爪や嘴   水牛の角も鳥の羽も 孔雀の尾も薔薇もあった。・・金銀 青赤の縞模様の図柄も  大広間に 列をなし掛かっている。

*Ajax fuhrte ja geschlungne Schlang'  im Schilde,    Wie ihr selbst gesehn. 

 Die Sieben dort vor Theben trugen Bildnerey'n  /  Ein jeder auf seinem Schilde ,reich bedeutungsvoll.    /Da sah man Mond und Stern'   / Am nachtigen Himmelsraum,

Auch Gottin, Held und Leiter ,Schwerter,   / Fackeln auch......

          ***  

*アヤックス  Ajax:  アキレスに次ぐ英雄。 カサンドラを誘拐した。

・7人の勇士: ティドイス、カバノイス他で、テーベ Theben古代  ギリシア・ベオティーエンの首都を攻めた

   **この韻律学・Metrikに関しては、ハンザー版ゲーテ全集、18-1. Letzte Jahre 1827-1832.のなかのKommentar,Faust Ⅱ・3 Akt・S.922-S.1023.を参照。

Aus ; GOETHE SAMTLICHE WERKE 18-1     Letzte Jahre 1827-1832  HANSER VERLAG 

      Munchner Ausgabe   S.922-1023.