HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*ホーソン: 「緋文字」より

 

しかしヘスター・プリンは首を横に振った。

「よいか、神の慈悲の限度を超えてはならぬ」

ウイルソン老牧師は 一段と 荒々しい口調で云った。・その子の父親の名前を云うのだ。そうして懺悔すれば、その緋文字を胸から外してやってもいいのだぞ」

「いやです、できません」とヘスター・プリンは若い牧師の苦悩に満ちた目を見つめて云った。

「これは お取りになることは許されません。 それに  この方の苦しみも 共に耐え忍びたいのです」

「云うのだ」冷やかな別の声が 群衆の中から聞こえた。

「いうのだ。そうして その子の 父親を明らかにするのだ」

「いえません・・・」とヘスター・プリンは真っ青になりながら答えた。

「この子は 天にいます父を求めなければいけないのです。地上の父親は教えられません」

哀れなこの罪人の心が 手に負えないとわかると、老牧師は群衆に向かって、《A》という不名誉な文字に 絶えず言及することを忘れず、一時間余り論じたてた。  そのあいだ、ヘスター・プリンは虚ろな もの憂げな眼で恥辱の台座に、その朝、立っていたのであった。

  ***   Hawthorne : The  scarlet Letter

*A.マルロー:「王道」より

 

「いや違う」とぺルケンは云った。

「あっちの女だ」

《サディストかな、この人》とクロードは思った。

噂によると、ペルケンはシャム政府の依頼で未帰属部族のもとに派遣されたとか、ビルマ東部のシャン高原地方やラオス辺境地方の統合にのりだしたとか、バンコク政府との関係は奇妙なもので、ある時は友好的かと思えば、ある時は険悪であるとか、最近では聊かの批判も受け付けぬ支配への情熱、力への情熱が見受けられるとか、その彼にも衰えが見えてきているとか、更には、色好みになっているとか言われていた。しかし、この船の上では自分から抑制していなければ女たちに取り囲まれていたに違いないのだ。

《何かがある。けれども、サディズムといったものじゃない》

ペルケンはデッキチェアーの背に頭を持たせかけると、残忍な執政官の仮面が明るい光の中に顕れ、目のくぼみと鼻の影との明暗を際立たせていた。煙草の煙がまっすぐに立ち上り、濃い闇に消えていった。・・・

 ***  A. Malraux 「王道」 より

クロード: フランス政府から派遣され、クメール遺跡の発掘を企てている26歳の青年。

ペルケン: ドイツ人らしき伝説に取り囲まれた男で、シャム政府の依頼で、未帰属部族の統合に乗り出したこともある。幾多の酋長とも親しく、クロードの計画に心を寄せている。

 

 

 

 

 

 

 

 

*「クレーヴの奥方」や「ルネ」といった・・:プルースト「スワン家の方へ」より

 

 

・・ピアノの鍵盤では あちこちに鍵盤を構成する愛情・情熱・勇気・平静といったキーのうちの幾つかが 未踏の闇によって 互いに隔てられていて、その各々は宇宙が一つ一つ異なるように 他のキーと異なっているのだが、それらは偉大な作曲家にみいだされ、見出したテーマに対応するものを われわれのうちに目覚めさせてくれるのである。そして こちらの知らぬうちに空虚や虚無とみなしている自分たちの魂の絶望的な夜が、どんな富や変化を隠し持っているかを示してくれる。作曲家ヴァントゥイユの小楽節は 理性には曖昧だが非常に充実した内実が感ぜられ新しく独創的な力を賦与しているのである。それでこれを聞いた人は 知性の観念とともに 彼の小楽節をこころに留めておくのだった。

スワンは愛と幸福の概念として これを思い返していると、いつしか あの「クレーヴの奥方」や「ルネ」が憶い出されてきて、それがどういう点で特別なのか すぐわかったのである。

  *** プルースト失われた時を求めて」 より

Vgl.

クレーヴの奥方」: 17世紀の閨秀作家・ラ・ファイエット夫人の代表作。

「ルネ」: シャトーブリアンの作。

 

*スワン家の方へ:プルースト より

 

17世紀オランダの画家 フェルメールについて オデットはスワンに訊ねた。この画家は女のために 苦しんだことがあるのかしら、ひとりの女からインスピレーションを与えられたことがあって?...

これに対して スワンが実はまだ、何もわかってはいないのだよ、というと 彼女は忽ち、フェルメールに興味を失っていた。そしてオデットは よく こんなことを云うのだった。それは当然 詩より美しいものはないのかもしれないわ。でも それは詩が真実で 詩人が自分で書いている通りのことを本当に 考えていればの話ね。ところが大抵の詩人ときたら これ以上 欲の突っ張ったひとはいないんですもの。・・あたし すこし知っているのだけれど、その詩人ときたら 詩の中だと愛だの空だの星だののことばかり書いているくせに 其れに騙されて30万フランものお金を取られてしまったお友達がいるんですもの。・・

 するとスワンは芸術の美しさとは何であり、詩や絵画はどんなふうに嘆賞すべきか云おうとすると、オデットはすぐ聞くのを止めて芸術に幻滅したように 云ったのだ。

まあ そうでしたの。わたしは そんな風にはおもってもみなかったわ。・・あなたは いつも冷静なのね。わたし あなたのこと どう考えたらいいのか分からないわ。

 オデットはスワンのことに こう気付いたのでもある。彼はお金にはまるで恬淡であり、誰にでも愛想がよく、優しい心遣いをする人なんだと。・・・

  ***プルースト失われた時を求めて」より

 

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*ミューズ;詩の女神: ボードレール「悪の華」より

 

なにを 語るつもりか 今宵 魂よ

 萎れていた 心よ

美と 愛しさの きわみ

神のような 眼差しで ふたたび 咲かせた 女に・・

 

誇りを 持ち そのひとの 歌を うたおう

かのひとの 優しさは くらぶべき ものなき

その霊肉は 天使の 香り

その眼は 光の うつわ

 

夜中 孤独のなかに いるにせよ

街中 雑踏に いるにせよ

あのひとの 幻が 松明のように 踊りくる

 

ときには その幻が 語りかける

わたしを 愛しているのなら ただ

 美だけを 愛しなさいと

私こそ ミューズ 詩の女神 ・・

  ***

これは1854年にサバテイエ夫人に寄せたもの。

 

*女の 首飾り: モーパッサン より

 

「え、なんですって!..あなた、わたしに返してくれたじゃない」

「それがね、わたし失くしてしまったのよ。・で、全く同じようなのを返していたの。それで、わたしたち、その支払いに10年かかってしまったわ。わかるでしょう、容易でなかったのが。。私たちには余裕なんて なかったのですもの。・でも、なんとか やっと 終わったわ。だから、とても嬉しくてね。 こころが すっきりしましたもの」

フォレスチエ夫人は それを聞くと云った。

「別のダイヤの首飾りを買って 代わりに返してくれたって云うのね、あなた」

「ええ お気づきにならなかった?..そうね そうでしょうね。そっくりでしたもの」

マチルド・ロワゼルは そう云うと、無邪気に喜び 微笑んだ。

フォレスチエ夫人は すると それを目の当たりにして 動揺を隠せずに云うのだった。

「まあ、どうしましょう。マチルド、だってね、わたしのは紛いものだったのよ。せいぜい 500フランぐらいの・・」

   ***

*運命の間違いによってか、貧しい勤め人の家庭に きれいで魅力ある娘が生まれることがある。マチルド・ロワゼルも そういった娘たちの一人で、彼女は文科省に勤める小役人と結婚していた。・・・

Maupassant: La  Parure  より

* フロベール「ボヴァリー夫人」より:

 最初の頃、エンマは修道女たちとの交際を喜び、よく礼拝堂へ連れていかれた。エンマは教理問答をよく理解していたので助任司祭の難しい質問に答えるのは決まって彼女だった。

エンマは祭壇の薫香や聖水盤の冷やかさや、大蝋燭の光から発散される神秘的な物憂さに心地よく微睡んでいるのだった。

 また ある時は苦行のために一日中、何も口にしないこともあった。

そして告解に行ったときは、もっと長く留まりたくて小さな罪を考え巡らしては暗がりの中で膝まづき、両手を合わせ司祭の言葉に耳を傾けながら、説教の中に出てくる許嫁者や天上の恋人や永遠の結婚の譬え話にうっとりとしているのであった。

 夕方の祈りの前には いつも、宗教書の朗読が行われた。

また、週日は聖書の講話があり、日曜日には、息抜きに「キリスト教精髄」の講話があり、そんな時は地上の世界と永遠の世界に木霊するロマンチックな憂愁の調べも高い嘆きの声に エンマは最初 どんなに幸せを感じていたことか。。。 

 ***

エンマ: 田舎の開業医シャルル・ボヴァリーの二度目の妻。

修道院で教育をうけた情熱的な、夢多き女性で、凡庸な夫には満たされず、単調な日々に疎ましくなり、やがて情事に溺れこんで行くが 捨てられたり、破局を迎えたりする。