HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*ホーソン: 「緋文字」より

 しかし ヘスターは首を横に振った。

「よいか、神の御慈悲の限度を超えてはならぬ」

      老牧師は  荒々しい口調で云った。「子の父親の名前を云うのだ。懺悔すれば、緋文字を外してやってもいい」

「できません」とヘスターは若い牧師の苦悩に満ちた目を見つめて云った。

「 苦しみを 共に耐え忍びたいのです」

「云うのだ!..」声が 群衆の中から聞こえた。

「いうのだ。 子の 父親を明らかに」

「いえません・・・」とヘスターは答えた。

「この子には 天にいる父こそ・・。地上の父親は教えられません」

罪人が手に負えないとわかると、老牧師は群衆に《A》という文字に言及し、一時間余り論した。そのあいだ、ヘスターは恥辱の台座に立っていた。

    Hawthorne : The  scarlet Letter

*マルロー:「王道」より

 

「いや違う」とぺルケンは云った。「あっちの女だ」

      《サディストかな、この人》とクロードは思った。噂によると、ペルケンはシャム政府の依頼で未帰属部族のもとに派遣されたとか、ビルマ東部のS.高原地方やラオス辺境地方の統合にのりだしたとか、バンコク政府と、ある時は友好的だが、ある時は険悪であるとか、最近では批判も受け付けぬ力への情熱が見受けられるとか、その彼にも衰えが見えてきているとか、色好みになっているとか言われていた。しかし、船の上では女たちに取り囲まれていたのだ。

《何かがある。だが、サディズムじゃない》

ペルケンはデッキチェアーの背に頭を持たせかけると、執政官の仮面が明るい光の中に顕れ、目のくぼみと鼻の影の明暗を際立たせていた。煙草の煙が立ち上り、濃い闇に消えていった。・・・

  A. Malraux 「王道」 より

 

クロード: フランス政府から派遣され、クメール遺跡の発掘を企てる26歳の青年。

ペルケン: ドイツ人らしき伝説に取り囲まれ、シャム政府の依頼で未帰属部族の統合に乗り出したこともあり、幾多の酋長とも親しく、クロードの計画に心を寄せている。

 

 

 

 

 

 

 

 

*メルヴィル「白鯨」より

 

 ・・鯨の尾びれには測り知れない力が、すへて集結しているかと思えるほどだ。この力は尾鰭の優美さを聊かも損なわず、思わず見とれてしまうほどである。そのように、真の力は美や調和を損なわない。 

全ての美しさには、その魅惑にと云うものが大きく関与している。

  例えば、ヘラクレスの大理石像から腱を取り去ってみれば一目瞭然だ。その魅力は忽ち、消えてしまうのだ。  また、ミケランジェロが人間に似せて神を描いたとき、どんなに逞しさを表したか。・ ・またゲーテを敬愛したエッカーマンゲーテの筋骨隆々たる 胸に常日頃、圧倒されたというのである。・・

   H. Melville: 1819-  91;      Moby-Dick.  :The white Whale

 

*: ボードレール「惡の華」より

 

愛しさと美しさの きわみ   こころを満たしてくれるひと

  天使のような偶像に 永久なる幸を・・ 

 

 そのひとは 潮風のように   魂に満足を注いでくれる 

  いつも新鮮な匂い袋のよう 

隠れ家に立ち込める 吊り香炉のように 

香りが夜に 漂い来る 

どうすれば 恋の情念を 表現できるのか

こころの奥底に 潜んでいる あなたを

 

善良さと美しさの きわみ 

天使のような あなたに 永久なる幸のあれと・・

 

  Hymne :1854年 サバティエ夫人に宛てて 

*薔薇の騎士:ホフマンスタールより  

侯爵夫人: 

  なぜ腹が立つの、世の常なのに、/    わたしにも 娘時代があった、でも 修道院から結婚生活に すぐに、/でも いまは、去年の雪は 跡形もない    そうは云っても どうして、昔は可愛かった / なのに   いつの間にか もうお婆さんに、・・/どうして こんな目に 神さまは どうして わたしは ずっと 変わらないのに /

たとえ 変わるが定めでも なぜ こんなに 見せつけられて / なぜ 

 隠してくれないの・・ わからない わかるものですか / でも それに耐えるのが 人の定めね・・/  道は さまざまだけど・・/

 *侯爵夫人は、従弟の青年貴族オクタヴィアンと愛人関係になり、一夜を共にする。が、婚約の使者として薔薇を渡しに行くと、オクタヴィアンは 若いゾフィーにひとめ惚れしてしまう。

   *

あら また来たのね。 Ach  du bist wieder da !.../ いいの もう おしまいね いつものこと /半分 楽しくて あとの半分は 悲しくて / 自分でも 抑えきれない でも 自分に言い聞かせたわ /  逆らいようはなく いいえ たとえ 逆らっても・・/

もう やめて そんなに きつく抱くのは・・/

オクタヴィアン:  きみは ぼくのものだ 

夫人 : だめ 真似は よして /  うちの元帥や 従弟のオックスの・・/ だめ

         真似は よして ほかの男の方の・・

オクタヴィアン:   知るもんか きみは僕の恋人なのだ!.. /  逃げないでくれ 

もう 離すものか /

侯爵夫人:  許して 時の流れには とても勝てないわ  女ですもの・・

 

   * Der  Rosen-Kavalier ; Hoffmannsthal 

 ・婚約の申し込みに使者が薔薇を渡しに行く。それが薔薇の騎士である。

 これは1740年代のウイーンの貴族の恋愛がテーマの、リヒャルト・シュトラウス作曲による三幕もののコメディである。

 

  

  

*「シュレミールの不思議な物語」から

 

ドイツ人にもなれきれず、故郷フランスも異国と感じていた詩人の話。彼はある時、新聞を手にし コッツェブーを隊長とする学術探検隊が近々、北極をめざし組織されたというニュースを目にする。すると、コッツェブーの斡旋で、かねてからの願望が思いもかけず実現する。

時は1815年の6月。南太平洋、及び、世界全般におよぶ調査探検隊の随行科学者に任命され、ブラジルやチリ、カムチャッカやマニラ、喜望峰、ロンドンと廻り、ロマンチックで異国への憧憬を満たしてくれる三年間を過ごす。これは彼の生涯でもっとも、豊穣な時期であり、これによって精神は種々なイメージと素材の宝に満たされ文筆活動の基盤となっていく。 

 この髪を垂らし上品な顔立ちの長身な詩人、シャミッソー詩集は50歳の坂を超えた1831年に、ようやく上梓されたが代表的な詩篇は「女の愛と生涯」Frauen-Liebe und Lebenで、他方、小説では「ベーター・シュレミールの不思議な物語」Peter Schlemihls wundersame Geschichteで、この作品は、友人のフーケから、「旅で、すべてをなくしてしまったのではなかろう、影までも!?」と水を向けられたことが機縁となり執筆された男の奇譚なのである。それに加え、別の機会に、ラ・フォンテーヌの書物を捲(めく)っていて、こんな場面に遭遇したことも動機となっている。つまり、愛想のよい男が、或る席上で云われると何でもポケットから取り出して見せたのである。

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*ヘッセの手紙 : ラーベ抄 より

         

  31年生まれで78歳になっていたW.ラーベは数年前に筆を絶ち、僅(わずか)な人に知られているにすぎなくなっていた。そのころ、ヘッセがブラウンシュヴァイクに講演に来た折り訪ねてくる。ヘッセは20代後半に発表した「青春 彷徨」(ペーター・カーメンツィント)や「車輪の下」などで名をなし32歳になる壮年作家である。その彼が、こんなことを書き送ってきた:

  親愛なるW.ラーベ様

若かりし頃、あなたの作品を拝読いたす機会がありました。が、それは半(なか)ば気に入りましたものの、また半ば、気に入らぬものでもありました。と申しますのも、あなたの作風は独自の入り組みようで脱線の多く、さまざまな要素の入りまじった内実は、実に実体の捉(とら)えがたいものだったからです。勿論、そこに出てきます一風変わった奇人の類(たぐい)は、心を直ぐに引きつけました。が、同時にまた、すぐ離れても行ってしまったのです。私には縁遠い、どこか北ドイツ的なもの、それに何処か市民的・愛国的なものは、まったく寄せ付けないものではないにしても、どことなく教師然とした様相が想起されたからなのです。が、それ以来、機会あるごとに読んでまいりました。すでに10篇余りになりましょうか。すると、ようやく、理解できるようになったのです。今では、こころから敬意を表しております。 あなたは50年代から80年代にかけての、わがドイツの有様を見事に、文学的に活写されておりますし、また、空想豊かな物語作家であり、粘り強い批評家であり、不撓不屈の心やさしき国民愛好者だからです。あなたの書かれたものはユーモアに富み、ペーソスに富み、人間愛に溢れた眼差しで庶民の生活と運命を見つめておられます。あなたの作品は末永く読み継がれ、真に偉大な作家の一人となられることでしょう。それを心から確信しておりますし、そう願ってやみません。     作家伝「W.ラーベ抄」 

 ( 注 )  :

①Der Weg zum Lachen,   1857.ラーベ、26歳の作。

➁身を屈めよ、山々、Erhebt euch , ihr Taler ,  Sinkt nieder , ihr Hohn;   Ihr hindert mich ja, Meine Liebste zu sehen ; Aus: Die Akten des Vogelsangs ,   Wilhelm Raabe,        dtv.  1981. S.100.

③H.ヘッセ: Hermann Hesse , 1877-1962, 南独のシュヴァーベンの小さな町カルプに生まれた。書店員をしたこともあり独学で文学を学び詩作に努めた。1904年「ペーター・カーメンツィント」を書き上げると、一躍、人気作家となったが大都会には出ず9歳年上のベルヌーイと結婚するとライン河畔の寒村で創作に専念した。Peter Camenzind,  Unterm Rad , usw... などの作品がある。    

④1909年、ヘッセは32歳の時、講演のためブラウンシュヴァイクを訪れたことがあった。こで78歳になった最晩年のラーベを訪問した。この時のことをヘッセは後の1933年に書き記している。        

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*::スタンダール より

  

  'おお 春! 四月は 定かならぬ輝きに満ち!.. 

  恋愛も 陽の輝きに あふるる

が やがて 雲は すべてを覆い隠しおり  

          シェイクスピア 

  「赤と黒」第一部 第十九章 導入部より 

   *

 

*夢: :ゲオルゲ より

 彼女の夢を見ていた: 

花咲き樹に囲まれた館で 光を浴び、彼女は子と 和んでいた

花輪を身にまとい 子は 微かに揺れると 黄色い菊が 額に靡いた

 やがて 池に向かい 子は大理石の階段に来ると よろめき

鷲とともに 空高く舞い上がり 立ち昇る霧とともに 光となり

羽毛のように飛翔し エーテルの輪に 融け込んでいった

 彼女の夢は 実に 眩しかった )))...

 

 S. George: Weisser Gesang  「魂の一年」 より

 

* 「ボヴァリー夫人」より:

         最初、彼女は修道女との交際を喜び、よく礼拝堂へ連れていかれ、教理問答は理解していて、司祭の質問によく答えていた。

   彼女は祭壇の薫香や聖水盤の冷やかさ、蝋燭の光の神秘さに心地よく微睡み、また苦行のため一日中、何も口にしないこともあった。告解には長く留まりたくて小さな罪を考え暗がりで膝まづき、司祭の言葉に耳を傾け説教に出てくる譬え話にうっとりとしていた。

  夕方の祈りには宗教書の朗読が行われ、また、週日は聖書の講話、日曜日には「キリスト教精髄」の講話があり、そんな時は木霊するロマンチックな嘆きに幸せを感じていたのだ。

 ***

エンマ: 田舎の開業医シャルル・ボヴァリーの二度目の妻。修道院で教育をうけ夢多く、夫には満たされず、単調な日々から情事に溺れこんで行く。