HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*ジョン・バース「酔いどれ草の仲買人」より

 

      詩の末尾に桂冠詩人にして紳士たるエベニーザー・クックと書き添えた二行連句詩篇は、船側を泳いだり、航跡に船を追うてくる海豚の群れを眺めては、ミルトンやサミュエル・バトラーの著作を取り出し、参考にしながら初めて眼にするメリーランドの俤(おもかげ)を描いたもので、こんなことが書かれていた。:

  トロイアを撃ちて戻りし ユリシーズ

  破れ衣を纏(まと)い 彷徨う西の方

  白波の踊りし海の荒野を 十年に渡る放浪にも倦み

   竟(つい)に見し イサカの浜辺

  身に沁みたる苦難は去り 天国にも似たる岸辺も

武骨たる岩も 蕭条たる磯も 妙に魅するもの

されば 嗚呼 この国の天国を凌ぐばかりの美しさは

如何ばかりか 黄金なす砂浜も 翠(みどり)なす木立も

心地良き港は 疲れ果てし水夫を癒し

眼に入るものは麗しく 詩人の歌も 

妙なる言葉を重ねつつ メリーランドの魅惑を 

語りつくさん この時ぞ!..

海原の果てしなき難所を 逃れこし

恙(つつが)なく 辿りつきし歓びは 如何ばかりか

船人は 高き帆柱に攀(よ)じ登り

目のあたりに見るは 郷(さと)の美しさかな!...

 

   John Barth : The sot-weed Factor

 

*「クレーヴの奥方」や「ルネ」といった・・:プルースト「スワン家の方へ」より

 

 

・・  ピアノの鍵盤では あちこちに鍵盤を構成する愛情・情熱・勇気・平静といったキーの幾つかが互いに隔てられ、他のキーと異なっているが、それらは偉大な作曲家にみいだされると、われわれにも目覚めさせてくれ、知らぬうちに魂の絶望的な夜が富や変化を隠し持っていることを示してくれるのだ。そのように、作曲家ヴァントゥイユの小楽節には非常に充実した内実が感ぜられ、新しく独創的な力を賦与している。だから、これを聞いた人はその小楽節をこころに留めておくのだった。・・

   スワンは愛と幸福を思い返していると、いつしか あの「クレーヴの奥方」や「ルネ」が憶い出されてきて、それがすぐ わかったのである。

     

      プルースト失われた時を求めて」 より

クレーヴの奥方」: 17世紀の閨秀作家・ラ・ファイエット夫人の代表作。

「ルネ」: シャトーブリアンの作。

 

*スワン家の方へ: プルースト より

 

17世紀オランダの画家 フェルメールについて オデットはスワンに訊ねた。この画家は女のために 苦しんだことがあるのかしら、ひとりの女からインスピレーションを与えられたことがあって?...

これに対して スワンが実はまだ、何もわかってはいないのだよ、というと 彼女は忽ち、フェルメールに興味を失っていた。そしてオデットは よく こんなことを云うのだった。それは当然 詩より美しいものはないのかもしれないわ。でも それは詩が真実で 詩人が自分で書いている通りのことを本当に 考えていればの話ね。ところが大抵の詩人ときたら これ以上 欲の突っ張ったひとはいないんですもの。・・あたし すこし知っているのだけれど、その詩人ときたら 詩の中だと愛だの空だの星だののことばかり書いているくせに 其れに騙されて30万フランものお金を取られてしまったお友達がいるんですもの。・・

 するとスワンは芸術の美しさとは何であり、詩や絵画はどんなふうに嘆賞すべきか云おうとすると、オデットはすぐ聞くのを止めて芸術に幻滅したように 云ったのだ。

まあ そうでしたの。わたしは そんな風にはおもってもみなかったわ。・・あなたは いつも冷静なのね。あなたのこと どう考えたらいいのか分からないわ。

 オデットはスワンのことに こう気付いたのでもある。彼はお金には まるで恬淡であり、誰にでも愛想がよく、優しい心遣いをする人なんだと。・・・

      プルースト失われた時を求めて」より

 

 

 

*ボヘミアニズムと市民気質

 

            青春小説「トニオ・クレーゲル」以後、「魔の山」Der Zauberberg ほか数々の大作を書いたT.マンには、小説家としてのボヘミアニズムと市民的勤勉な精神が共存していた。

 これに共感をおぼえた「雲のゆき来」ほか多くの作品で知られる小説家、並びに評伝作家の中村真一郎は規則正しい生活をみずからに課し、原稿は一日に五枚書くと決め、一年を通して大晦日であろうと元旦であろうが、この執筆はやめなかった。そして、彼は「人間は矛盾した幾多の衝動の束である」という真理のもとに、並はずれたピキュリアン、享楽気質者としての怠け者の肉体と、極端に勤勉な市民的精神の同居を可能にしていたのである。

  蓋し、天分に恵まれた人には違いないからこそ、これもできたのである。

      

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*ダンテ「神曲」:天国篇 第11歌 より

*おお 人間の純(おぞ)ましさよ:    ある者は法学を ある者は医術を追い回し ある者は司祭にならんと望み また ある者は詐術に手を伸ばすもあり また肉欲の快楽に酔い痴れ懶惰(らんだ)を貪( むさぼ)る輩もいる・・わたしは だが それらの塵労からは解かれ ベアトリーチェに案内され 高き天を目指していた そして われらを巡る霊の光が元へ戻ってくると そこにおのれを定着させた すると最初に話しかけたトマス・アクィナスの零体から 声が発せられ かく語るを耳にしたのだ。: 輝きは いや増しその光を受けて神の永遠の光を見つめていると 思っていることが わたしには判る だが きみは私の言葉を解せずに戸惑うや もっと分かり易く聞かせてほしいと願っていた・・さても 天使であれ 人間であれ 造られた者の深い慮(おもんぱか)りある神の摂理は 大声にて≪なぜに我を捨て賜うや≫と呼ばわるイエスのために 二人の権能者をお選びになり左右に配して その道しるべとお定めになられたのだ。その一人は天使の中で最高位階にあり 本誓は愛のセラフィムを想起させ、もう一人は知恵深く 知恵第一の誉れ高きゆえ 知に光り輝く天使ケルビムを想起させる聖フランチェスコであった・・

   **ダンテ「神曲」天国篇 第11歌より

 

 

 

 

*ホーソン: 「緋文字」より

 

しかしヘスター・プリンは首を横に振った。

「よいか、神の慈悲の限度を超えてはならぬ」

ウイルソン老牧師は 一段と 荒々しい口調で云った。その子の父親の名前を云うのだ。そうして懺悔すれば、その緋文字を外してやってもいいのだ」

「できません」とヘスター・プリンは若い牧師の苦悩に満ちた目を見つめて云った。

「これは 許されません。 この方の苦しみも 共に耐え忍びたいのです」

「云うのだ」冷やかな声が 群衆の中から聞こえた。

「いうのだ。 その子の 父親を明らかにするのだ」

「いえません・・・」とヘスター・プリンは真っ青になり答えた。

「この子には 天にいる父こそ大事なのです。地上の父親は教えられません」

哀れなこの罪人の心が 手に負えないとわかると、老牧師は群衆に向かい《A》という文字に言及することを忘れず、一時間余り論じた。そのあいだ、 ヘスター・プリンは虚ろな眼で恥辱の台座に立っていたのであった。

    Hawthorne : The  scarlet Letter

*その日を掴め: ソール・ベローより

 

「・・友人が綿花について秘密の情報を流してくれたな。勿論、そいつをごっそり買ったよ。電話での買い付けで。すると綿花の積み荷が、まだ海にあるうちに三倍に高騰し世界の綿花市場がてんやわんやになる。この船荷の荷主は誰かと云うことになった。無論、わたしだったのだが信用調査されるや、ただの医者にすぎないのが分かると取引はキャンセルだ。だが、これは不法行為なのさ。だから勿論、訴訟をしてやった・・」 

「われわれ科学者は、なあ、ウィルヘルムくん、不合理な罪の意識について語るものだよ。」とタムキン博士は云った。「だが、そういう状況になれば、金銭問題から危害を加えたくなる。・・money(金銭)とmurder(殺し)は同じMから始まっているじゃないか。machinery(機械装置)、それにmischief(危害も)・・」

するとウィルヘルムは思いついたように云った。

「mercy(慈悲)というのもありますよ。"人情と云う甘いmilk"という"マクベス"か何かに出てくるのもね・・」

「まあ、これで事実がはっきりするだろう。つまり金儲けは攻撃に他ならない。それがすべてだ、ウィルヘルムくん」

   Saul Bellow:  Seize the Day!.. 

 ・ウィルヘルムの父親は元内科医で、今は隠退しているが、かなりの資産家。だが、息子の生き方に不満で経済的援助は断っている。

 一方、ウィルヘルムは成功を求めつつも、ことごとくうまくいかず、失業しつつ離婚調停中の妻子の生活費のために、金銭上でも起死回生を目論んでいる。そして その彼に商品相場に誘い投資するように仕向け経済的破綻に追い込むのはタムキン博士、自称 心理学者である。

* フロベール「ボヴァリー夫人」より:

 最初の頃、エンマは修道女たちとの交際を喜び、よく礼拝堂へ連れていかれた。エンマは教理問答をよく理解していたので助任司祭の質問に答えるのは決まって彼女だった。 エンマは祭壇の薫香や聖水盤の冷やかさや、大蝋燭の光から発散される神秘的な物憂さに心地よく微睡んでいるのだった。

 また ある時は苦行のために一日中、何も口にしないこともあった。 そして告解に行ったときは、もっと長く留まりたくて小さな罪を考え巡らしては暗がりの中で膝まづき、両手を合わせ司祭の言葉に耳を傾け、説教の中に出てくる許嫁者や天上の恋人や永遠の結婚の譬え話にうっとりとしていた。

 夕方の祈りの前には いつも、宗教書の朗読が行われた。また、週日は聖書の講話があり、日曜日には息抜きに「キリスト教精髄」の講話があり、そんな時は地上の世界と永遠の世界に木霊するロマンチックな嘆きの声にどんなに幸せを感じていたことか。

 ***

エンマ: 田舎の開業医シャルル・ボヴァリーの二度目の妻。修道院で教育をうけた情熱的な夢多き女性で、凡庸な夫には満たされず単調な日々に疎ましくなり、やがて情事に溺れこんで行くが捨てられ破局を迎えたりする。

*プーシキン「オネーギン」より

 

  男盛りでイケメンのレンスキーはゲッチンゲン精神を身につけ、カントを崇拝する詩人であった。霧深いドイツから様々な学問的成果や熱狂的精神や、肩まで垂れる黒い巻き毛やらを携えて帰国したばかりであった。

レンスキーは純な魂の持ち主で冷やかな社交界にはまだ染まってはいなく友人の挨拶や乙女の眼差しにも慰められるのだった。 また恋の道には初心で希望に胸躍らせ、甘い夢想で こころをときめかせたりもした。

 一方、胸の中には早くから憤激や後悔、清らかな愛情や栄誉を求める悩みも沸きたぎってもいた。竪琴リラを片手に諸国を遍歴し、ゲーテとシラーの生まれた国で、大詩人の詩に心熱く燃やしたりもした。そして幸運にもミューズ詩神の芸術を辱めることなく、常に気高く純朴な感情や夢想や簡潔美を歌の中でも保つことができたのであった。

  A.C. ПУШКИН プーシキンより

 

 

* 手で触らなければ・・:ゲーテ「ファウスト」第二部 4917~より

メフィストフェレス: Mephistopheles

  なるほど さすが学者ですな

手で触らなければ 何マイルも遠くのものと 変わりない

握らなければ無きも同然

数えてみなければ 眉唾(まゆつば)ものというのですな

秤にかけてみなければ重さもなく

お金も みずから鋳造しなければ通用しないとな・・

 

皇帝 Kaiser

なにを言っておるのだ この窮乏の時に

断食の折りの説教のように申しても何の役に立つ

こんな評議には飽き飽きだ 欠乏しているのは金なのだ 

それなら 一層 金を造り出してみよ・・   

   Goethe Faust : 2 Theil

Mephisto:

Was ihr nicht tastet, steht euch meilenfern,

Was ihr nicht fasst , das fehlt euch ganz und gar,

Was ihr nicht rechnet, glaubt ihr, sei nicht wahr,

Was ihr nicht wagt, hat fur euch kein Gewicht,

Was ihr nicht munzt, das ,meint ihr , gelte nicht .

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Kaiser:

Ich habe satt das ewige Wie und Wann,

Es fehlt an Geld, nun gut, so schaff' es denn !!...