「そんな哲学は暖かくオレンジの薫るギリシアででも説くがいい。ここじゃ気候に合わない・・」
「あの奇人哲学者ディオゲネスに書斎や温かい住居は必要なかった。暑いところですから。のんびり樽の中に寝転んでいたという。然し、ロシアに棲むとなれば、そうはいかない。・・」
「まあ、それはさておき、寒さも苦痛と同様、感じないでいられるという。二世紀ローマの皇帝にして哲学者マルクス・アウレリウスは言っていますよ。苦痛とは生きた概念だと。ですから意志の力で愚痴をやめれば苦痛も消え去ると。このように、賢人や思索に長けた人の万人と異なる点は 苦痛さへ認識の対象なのです。常に満足していれば驚かずに済む・・」 「つまり僕は・・」
「あなたも思索する機会を増やせば、心を騒がすものが実に些少だということが理解できますよ。・・」 「人生の理解か」
イワン・ドミートリチは眉をひそめ、腹立たし気に医師を睨みつけた。
「ぼくに分かっているのは神が温かい血と神経とで創ってくれたということです。 人は有機的な組織ですから生命力がある限り、刺激に反応するのが当然ですよ・・」
医者のくせに知らないなんて。苦痛を軽蔑し、何事にも驚かないとは。・・
チェーホフ短編より:
AHTOH ЧeXOB: ПаЛaТa No6 チェーホフ「六号室」より