HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*「雀横丁年代記」➁ (*- 6) :W.ラーベ作 

   19世紀ドイツの作家W.ラーベの処女作「雀横丁年代記」⑤には、文頭でこう書き記されている。: 「実に、嫌な時代である」⑥と。

 このモットーは、ラーベの長短68篇あるすべての作品に貫かれているといってよい。:  25歳のこの処女作以来、半世紀近くにわたって、それは彼の信念でもあった。

    彼の 生まれたのは、32年に83歳で逝った老ゲーテの死の前年で、ゲーテは当時、周知のように、生涯をかけて、ようやく完成しおえた大作「ファウスト」第二部に封印を施していた頃である。  また、31年はヘーゲルが亡くなった年でもあり、それはドイツの一時期をなした時代精神の終焉でもあった。(ドイツ観念論の時代が過ぎ去ったことを指す。)そしてまた、31年当時というのは、文学思潮におけるロマン派の黄昏の時期でもあり、暫くして後、48年に自由を求めての革命運動(三月革命)が挫折に終わると、人は寧ろ、個々の内面世界へと逃避してゆく。所謂、ビーダーマイアー(小市民)的心情の横行する時代へのの移行だが、一方では近代産業の発達に伴い、時代は機械文明へと突入していった頃でもあり、また、他方、ビスマルクがホーエンツォルレルン帝国の基礎を築いた戦争の時代でもあり、とはつまり、この時期は実に、国家の不安定な危機の時代で、進歩のためには盲目的に突き進むことを余儀なくされた、謂わば、狂気の時代でもあったのである。

ラーベはこういう時代の中で常に、傍観者の立場にいたが、魂の奥では強い危機感を抱きつづけていたといえよう。  

      ( 注 )  :

⑤「雀横丁年代記」Die Chronik der Sperlings-gasse, これは1856年にヤーコプ・コルヴィーヌスという筆名で発表された処女作。

⑥Es ist eigentlich eine  bose Zeit.! : 因みに、これにつづく一節は、Das Lachen ist teuer geworden in der Welt. =笑いは実に貴重なものとなってしまった、である。