HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* 或る転轍手の冒険 : アルトマン より

      U.P.鉄道の ポイント切り替え人の責務は おおきかった。人命に対して重い責任が課せられていたからに他ならない。             彼は いつも、一冊の愛読書を携えていたが、その習慣は 10年来、変わってはいなかった。    そして、また、読むのは 77ページまでで、その先は きまって 読まないのである。      というのも、想像にたけた彼には、先は大方、予想がついたからだ。だから 先へ読み進めていくのは、ばかばかしい と思ってもいたのだ。にも拘らず、繰り返し 最初から読むことにだけは飽きることはなかった。 >>>  

  男には 妻がいなかったので、おそい勤務が終わると 居酒屋に寄っては一本のビールを飲むのを 楽しみにしていた。   9:30pm.の最終列車が通過し終わると、列車が遠ざかるまで 見送り、やおら、肩の荷を下ろし、ほっと息をつくや 居酒屋に向かうのであった。 このポイント切り替え人が携えている新書版は「U.P.急行のイケメン」というタイトルの  薄く安っぽいものだった。今日こそ 最後まで読み終えてしまおうか と思っていたが、やはり、いつものところで 止まってしまっていた。  

それから間もない日の 夜の11時ごろ、居酒屋から出てのち 見慣れぬ光が視界に入ったか と思うや、急くように 家路に戻っていった。 と、一瞬、列車が1両 スピードを上げて走ってくるのを見た。それは時刻表に乗っているものではなく 列車からは 騒音一つ聞こえては こないのである。男は一瞬、息をのみ 目を ぱちくりとさせたが、なにが何だか わからないまま家に戻ると ビールを一気に 飲み干し、思い立ったように 77ページから最後の128ページまで破り捨て「これでもう大丈夫だ!....」と呟くや、倒れるように崩れ落ち ベッドで熟睡していたのである。

  H.C. Artmann : Abenteuer eines  Weichen -Stellers                                           Aus; Dt. Literatur der 60. Jahre      Klaus Wagenbach Vlg. Berlin 1968..               

*アルトマンはシュールリアリティックな手法で、夢と幻想の世界を描いたドイツの作家                                 ***   ))))   *