HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* ディオティーマよ!...あなたは何処に?・・ ヘルダーリン 「ヒューペリオン」 より

1770年生まれのヘルダーリンは、シラーとの交友もあったドイツの純粋な魂の詩人で、73年の全生涯の後半生、30数年を精神の闇に暮らした悲痛な詩人でもあったのだが、彼の評価は高い。その彼の唯一完成した散文作品に、手紙形式で書かれた「ヒューペリオン」があるが、その中の一節から。。: 

 

  「ディオティーマ!..」とわたしは叫んだ。  「あなたはどこにいる・・・おお、何処に?...」

 ある時、わたしは遠く野に出て座っていた。それは泉のほとり、緑の蔦の纏わる岩と、垂れかかる花の咲く木陰だった。。このように美しい真昼時は、まだ見たこともないものだった。そよ風が香しく頬を撫で、朝のさわやかさを残して田園は輝いていた。そして陽の光は、故郷の大気の中を、無言で微笑んでいるのであった。。。

 そんな中、わたしの愛はひっそりと春と共生していた。云うに言われぬ憧憬が、わたしの胸を切なく占めていた。。。

「ディオティーマよ、あなたはいずこに?...」わたしが叫ぶと、そのときディオティーマの声が、どこからともなく聞こえてくる気がした。。嘗ては、あの歓びの日々に、わたしの心を燃え立たせてくれたあの美しき声が、胸に迫ってくるのであった。。

       *** Holderlin ,  Hyperion  

* 美貌と才知 ・ スタンダール「赤と黒」 より

 

《・彼女はアンリ三世やバッソンピエール時代のフランスにあったような、英雄的な感情にしか、恋愛という名前をあたえなかった。。。》

* 因みに、バッソンピエール(1579-1646)は、元帥にして有名な外交官だが、ホフマンスタールの短編「バッソンピエール奇譚」(アバンチュール)でもよく知られている。。。

     ***

 ・突然、一つの考えがマチルドの気持ちをはっきりさせていた。。⊡ 嬉しい、あたしは恋をしているのだわ。と彼女はすっかり有頂天になっていた。・・わたしは恋をしているのだわ。・あたしのような年頃の若くて美しい、才知の備わった女は恋でもしなければ、いったいどこに刺激を求めることができるのかしら

 

マチルドは「マノン・レスコー」、「新エロイーズ」、「ポルトガル尼僧の手紙」などで読んだ恋愛描写を頭の中で思い浮かべてみた。。勿論、激烈な恋愛しか問題にならない。。生ぬるい恋愛などは、マチルドのような生まれと年頃の少女には相応しくないように思えたのだ。。。

   *  第二部 第十一章 「少女の魅力」 より

* 滑稽歌劇  スタンダール「赤と黒」 より

'おお 春四月の日の 定かならぬ 輝き。。恋愛も これに似たる。。いま 陽の輝きに あふるると見れば やがて 次第に 雲は すべてを奪い去る。。。' 

          シェイクスピア -

    第一部 第十九章 導入部 より

 

 もし革命が勃発したら、どうしてジュリアン・ソレルがロラン(フランス革命時代の政治家) の役割を演じないことがあろう。そして あたしがロラン夫人の役割を。。。スタール夫人の役割よりこのほうがましーー身持ちわるいことは現代では、一つの障害になるだろうから。必ずもう二度と、人から非難されるような過ちを犯さないようにしよう。。。また、そんなことをしたら・・・。

 

マチルドの夢想はしかし、まじめなことばかりではなかったのだ。。。そっとジュリアンを盗み見ると、その些細な動作にもたまらない魅力を感じていたのだ。。。。 

     ***    Ⅰ-19. より

*たくらみと恋 Kabale und Liebe

 

 

貴族で宰相の息子フェルディナントと市民の娘ルイーゼの悲恋を描いて多大の成功を収めた戯曲に「たくらみと恋」があるが、これはゲーテと並び、ドイツ古典主義を代表する詩人であり戯曲家シラーの悲劇作品であるが、シラーの言葉にこんな一節がある。曰く:  「とりとめのない談話も、偶然といってよい邂逅も、空想豊かな男にかかれば、その情熱によって、明白な証拠となりうるかもしれぬのである。。。Ⅱ-13   導入部 より

    ***

*こんな疑惑がジュリアンの気持ちを一変させた。考えれば考えるほど、心の中には恋の芽生えがあったのだが、それを封じてしまうのはわけもないことであった。・・恋といってもマチルドの美貌、というよりは寧ろ、女王のような振る舞いと、すばらしい衣装に魅せられたに過ぎないのだ。。。つまり、こういう点からして、ジュリアンはやはり、成り上がりものにすぎず、田舎者の才人が上流階級の社交界にあらわれると、いちばん驚かされるのは美しい女によってなのであった。。。

     スタンダール赤と黒

          第二部 第十三章 より

 

*ホラティウスの言葉 より

ローマの英雄ホラティウスの言葉に、こんなのがある。:

nil  mirari.....その意味は、決して、心を動かすことなかれ、というのだが、これはドイツ語では、Sei gefuhllos,となろうか。因みに、これはゲーテの詩の一節に見えることばだが、この後にはこんな風につづく。すなわち、

Ein leichtes bewegtes Herz ist ein elend Gut, Auf der wankende Erde....これは青春の悩み多き、煩悶に暮れがちな若き青年に贈ったゲーテの詩の一節なのだが、こころ乱してばかりいてはいけないと優しく諭しているのである。。。。          

    ***

*18のとき、頼る人もなくただ一人、初めて席につらなったそのサロン。・・・・しかしあの頃は、内気なために、おそろしい不幸の数々のうちにも、美しい日が、いかに美しかったことであろう。。。

  スタンダール赤と黒」第二部 

     第二章のLeitwort導入部より

*老子と「道徳経」 承前  ブレヒト散文詩 から

 

 

肩越しに 老賢者は 男に目を向けた

男は 破れた衣を つづって着 履物は

履いているでもなく 額には 太い皺が 走り

みるからに 勝利の女神とは 無縁の様子だった 

それなのに 見上げたものだ-- 老賢者は つぶやくと

声高に云った --

求められたからには 応ずることにしよう・・

 

こうして 老賢者は 牛から降りると 七日間にわたって

少年に 口述筆記をさせた その間 税関番は 

三度の食事を 用意し 質素ながら もてなしていると 

やがて 思いのすべてを 書き終えた そして 少年が

税関番に 81章の 道徳訓からなる 箴言を渡すと

老賢者は 礼を述べ もと来た 大木の黒松を 通り過ぎ

岩山へと 消えて行った ふたりを見送った税関番は 

思わず つぶやいていた --

 

あんなに 礼儀正しいお方も

おられるのだのう・・・かくして 後世に 老賢者から

周知の 知恵と教訓の書 「道徳経」が 伝わり

残されたというのである・・

    ***

 

  

* 或る税関番と賢者・老子   ブレヒトの散文詩 より

 

 彼は 70になり 肉体に 衰えを感じていた

すると 安らぎを求め 老賢者の 心が つよく動いた

天なる下では 仁慈も廃れ 邪悪が 満ち始めていた

彼は こころを 決めるや 入用なものを 荷造りした

毎晩 紫煙を燻らす 煙管や 愛読書の 一巻の書物

なかでも はずせないものの ひとつであった

 *

老賢者は 国境の 山中へ 辿りつくと もう一度

廣い 高原の景色に 目を向けた そして それを 

脳裏に しっかりと 刻むと 先へと 歩を進めた

牝牛は 彼を背に 新鮮な草を 喜んで 食べた

     **

旅立ってから 四日目だったが 岩ばかりの山中で

ひとりの 税官吏が 現れ 老人の道を さえぎると 

云った---  税関だが 貴重品は お持ちかね ---

そんなもの 持ち合わせては おらぬ・・

牛をひいていた 少年は 口を挿み 云った

この方は 教師さまだよ・・それを聞くと 

こころが なんとんく 弾んできた 税関番は 訊ねてきた

なにか 貴い教えでも 教授なさっていたのかね・・

すると 少年は 云った --- 

弱い水も 動きを やめなければ やがて 

固い 石だって 砕いてしまうのさ・・

 *

こういうと 少年は 先を急ぐかのように 牛を駆り立てた

そして 一本の大きな 黒松のところに さし掛かるると

なにか 閃いたように 税関番は いきなり 叫んだ ---

おおい 待ってくれ !.... それで いったい 

その水の教えとは 何なのかね ?... 

すると 老教師は 云った --- 

そんなことを 訊いて 面白いのかね・・

すると 男は云った -- わしは しがない 国境の 

税関番を しておりやすが 勝ち負けと 聞けば 

気になりやしてね それを 知っておりやすなら

お教えを 被りたいと 思ったもので・・・いや、

書いていただけたら 嬉しく 思いやすもので・・・

わしの家には 紙も墨も ありやす・・夕飯だって

用意しやす ・・わしの住まいは あそこですが

お願い できますかな ?...

      ***    Fortsetzung.

B.Brecht ; Laotse auf dem Wege in die Emigration* Legende von der  Entstehung des Buches  Taoteking   auf dem Weg des  Laotse in die  Emigration : 

1.       Als er  Siebzig  70  war , und war  gebrechlich ,

 Drangte es den Lehrer doch  nach  Ruh.

Denn die  Gute war  im Lande wieder einmal  schwachlich ,

Und die  Bosheit nahm  an  Kraften wieder einmal zu .

Und er gurtete  den Schuh......

2.      Und er packte ein , was er so  brauchte. :

Wenig.  Doch es wurde dies und das .

So die  Pfeife , die er immer abends rauchte,

Und das  Buchlein ,das er immer las.

Weiss-Brot nach dem Augenmass......

3.    Freute sich des  Tals noch einmal und vergass es,

Als er ins Gebirge  den Weg  einschlug .

Und sein  Ochse freute sich des frischen Grases ,

Kauend ,wahrend er den Alten trug.

Denn dem ging es schnell genug.......

        **

4.        Doch am vierten Tag im  Fels-gesteine

Hat  ein Zollner ihm den Weg verwehrt.

> Kostbarkeiten zu verzollen ? ....< --> Keine <

Und der Knabe , der den Ochsen fuhrte , sprach :

> Er hat gelehrt .< und so war auch das erklart...

5.     Doch der Mann in einer heiteren Regung

Fragte noch: > Hat er was rausgekriegt ? ....<

Und der Knabe sprach : > Dass das weiche  Wasser 

In Bewegung  mit der Zeit  den machtigen Stein besiegt... 

  * 点滴は石をも穿つ・・・、ということ  

Du verstehst , das Harte unterliegt ....<

6.