HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* 鐘の音 : デーメル「女と世界」 より

 

 

そして 日暮れに ほっと一息 したくなったら

鐘の音が なにを 告げているか 

外に出て 耳を 澄ましてごらん

あちこちの 小屋から 立ち上る 煙は

槲のこずえを 温かく 包み込み

さあ お出でと 云っている

 

すると やがて 蕾に蔽われた 木の下では

木霊とともに そよぎが 秘めやかに 囁くのだ:

春だ さあ 出てゆくがよい 廣い 草原に・・

父と子が ここかしこ なんの屈託もなく

毬投げして 戯れ遊ぶ 草原へ!...

 

 そのとき 頭上を 見上げれば 白樺が

おりしも 花を鏤めた 楓を相手に 

燦然と 輝き 薄緑色の 若葉を 戦がせ 

あかるく 戯れて いるであろう

   * デーメル 「復活祭と降臨節に臨んで」

       Dehmel:  Zwischen Ostern und Pfingsten

    ***

シラーの「鐘の歌」を凌駕するようなドイツ詩人は到底、でまいとすれば、いったい何を目当てに粉骨砕身するのか。

詩作の真の力の泉は、枯れ尽きてしまったのだ。。新しいものはどれも皆、模倣か痙攣にすぎないとプロメトイスは云った。そこで私は、それではデーメルはどうだね、と訊いた。彼は黙ったなり頭を振った。その名はまだ、一度も聞いたことがない、というのであった。。。

    * カロッサ「美しき惑いの年」 より

  

* 「美しき惑ひの年」 カロッサ より 

 

 * 「美しき惑ひの年」;Das Jahr der schonen Tauschungen はカロッサ;Carossaの医師を目指して学ぶ学生時代を扱った短篇だが、こんな詩も挿入されており、見事な訳者の訳詩であるが、何年か前に訳したことがあり、SNSで発表し多くの人に読んでもらったこともある親しみある詩である。:

     ***

「詩だよ!.. まだ印刷されてないんだ。 詩人の自筆なんだよ」

フーゴーは手に封書を持っていた。それを激しく振ってみせ、遠くから期待しておれという意を伝えていた。

「デーメル ,Dehmel か ?...」と私は大声で云った。

「いや、デーメルじゃない。・・だが、これは新しい時代の産んだ最美な詩の一つさ・・」

彼が私たちのもとに来るや封書から、早速、取り出した白い紙片をみると、投げやりではあるが、個性豊かな筆跡で次のような詩が書かれていた。そこには 作者の名は書かれていなかったが、表題は「二人」Die Beiden と認められていた。

       「若いふたり」:

ささげ 運びし 杯と

輝き 競ふ 乙女の かんばせ(顔)

あゆみ 軽ろく 爽やかに

縁(へり)から 一滴(ひとしずく)も 零れることなき

 

手裁(てさば)き しかと 軽やかに

鞍の上から みやび をのこの 

姿 華やぎ ゆたかなる

駒を 事もなげに 止めいでし

 

さあれ いましも いと軽く

杯 ささげ とりたるも

たがいに 難しく 二人には

手と手は かち合わず

 深紅の 酒は 地に 零れをり

    ***

因みに、詩人の名はホフマンスタールHofmannsthal で、 彼はシュニッツラーと並び、19世紀オーストリアの世紀末を代表する詩人、劇作家であり、わが国でもよく知られている。

 

* 郷愁 : ヘッセ 「ペーター・カーメンツィント」 青春彷徨 第七章 

 

 高き空に  浮かぶ  白雲のごと

 美わしくも 遠きなるかな 汝れ

 エリーザベトよ !..

 

  白雲は 万里を さすらひ

 そを 汝れは 見ずとも

 今宵も 闇夜なれば 

  夢に 見つらん

 

 嗚 輝ける 汝が すがたよ!...

 白雲の 行方を 恋ふがごと

 憧がれ 慕ふかな われ !....

 甘く 汝れを 想ひえがきし 

    郷愁 なればこそ !....

         ***

  以前から、ボートをこぐ時の靜かな動きに合わせ、私は口ずさむ癖があったのだが、今もひとり低い声で歌っていると、それがいつしか、詩になっているのに気づいた。私はすると、嬉しくなり、チューリッヒでの美しかった湖上のデンクマールに書きとめていたのだった。

 

 

* トルストイの「アンナ・カレーニナ」 第一部 

 

 「幸福な家庭は、みな似通っているが、不幸な家庭は不幸な様相もさまざまである。」

アンナ・カレーニナ」のこの冒頭部は、よく知られた一節だが、この長編の第一部の11には、ハイネのこんな詩の一節も挿入されている。: 

  抑えられない この世の欲情に 打ち勝てたら

  どんなに 救われることか だが

  たとい 叶わぬくとも 歓びは

  ひとしお 残るものなのだ

        *

「だけど、一体、どういうことだね」

オブロンスキーは苦笑した。レーヴィンの心の中で行われていることが彼には分っていた。

「つまり、こういうわけだ。仮にきみが結婚しているとする。きみはもちろん、妻を愛している。ところが、ほかの女に惹かれることだってあるだろう」

「わるいが、ぼくはどうしても、分からぬのだよ。だって、今みたいに腹が満腹しているのに、パン屋の前を通りかかった瞬間、ちょいとひとつ失敬するようなものぢゃないか。ぼくにはそれが分からんな。」

オブロンスキーの目がこのとき、いつもよりきらきらと輝いていた。

「どうしてさ。パンだってきみ、ときには随分といい香りがして、堪らなく手に取ってみたくなることがあるじゃないかね」

    **

      因みに、この詩の一節はヨハン・シュトラウスの有名なオペレッタ「蝙蝠」のなかでも使われている。

 

 Himmlisch ist's ,  wenn ich bezwungen

   Meine irdische  Begier ;

    Aber noch wenn's nicht gelungen,

   Hatt' ich auch  recht hubsch Plaisir !...

* 魂の祈り  ダンテ「神曲」 より

 

 

ダンテの「神曲」は周知のように、地獄篇・浄罪篇・天堂篇の三部構成からなっている詩篇だが、その浄罪篇の第十一歌では、ほぼ主の祈りに似せて、傲慢の罪を償うべく魂の祈りを綴っている

 

 ・・天にまします われらの父よ 願わくば 聖名(みな)と 聖能(みちから)の 尊まれんことを 御国の平和を われらに

来たらせたまえ 聖意(みむね)の 天にて行われ ホザンナ(*神を賛美する言葉)を歌ふ 天使により 犠牲が払われるがごとく われら人間により そが 地にても 行われんことを

日常の糧を 今日も われらに 与えたまえ われらが受けし悪を たがひに赦すがごとく 汝が慈悲により われらを 赦したまえ われらの徳を 悪魔の誘ひに 引き給ふことなく

われらを 苦より 救ひたまえ 愛すべき主よ このわれらが祈りは われらのために あらずして 後々につづく者の 為なればなり

  浄罪篇 第11歌 1~  24行 

 

* ディオティーマよ!...あなたは何処に?・・ ヘルダーリン 「ヒューペリオン」 より

 

   1770年生まれのヘルダーリンは、シラーとの交友もあったドイツの純粋な魂の詩人で、73年の全生涯の後半生、30数年を精神の闇に暮らした悲痛な詩人でもあったのだが、彼の評価は高い。その彼の唯一完成した散文作品に、手紙形式で書かれた「ヒューペリオン」があるが、その中の一節から。: 

 

  「ディオティーマ!..」とわたしは叫んだ。  「あなたはどこにいる・・おお、何処に?...」

 ある時、わたしは遠く野に出て座っていた。それは泉のほとり、緑の蔦の纏わる岩と、垂れかかる花の咲く木陰だった。このように美しい真昼時は、まだ見たこともないものだった。そよ風が香しく頬を撫で、朝のさわやかさを残して田園は輝いていた。そして陽の光は、故郷の大気の中を、無言で微笑んでいるのであった

 そんな中、わたしの愛はひっそりと春と共生していた。云うに言われぬ憧憬が、わたしの胸を切なく占めていた。

「ディオティーマよ、あなたはいずこに?...」わたしが叫ぶと、そのときディオティーマの声が、どこからともなく聞こえてくる気がした。嘗ては、あの歓びの日々に、わたしの心を燃え立たせてくれたあの美しき声が、胸に迫ってくるのであった。

       *** Holderlin ,  Hyperion  

* 美貌と才知 ・ スタンダール「赤と黒」 より

 

 《 彼女はアンリ三世やバッソンピエール時代のフランスにあったような、英雄的な感情にしか、恋愛という名前をあたえなかった。》

*  因みに、バッソンピエール(1579-1646)は、元帥にして有名な外交官だが、ホフマンスタールの短編「バッソンピエール奇譚」(アバンチュール)でもよく知られている。

     

 ・突然、一つの考えがマチルドの気持ちをはっきりさせていた。⊡ 嬉しい、あたしは恋をしているのだわ。と彼女はすっかり有頂天になっていた。・・わたしは恋をしているのだわ。・あたしのような年頃の若くて美しい、才知の備わった女は恋でもしなければ、いったいどこに刺激を求めることができるのかしら

 

マチルドは「マノン・レスコー」、「新エロイーズ」、「ポルトガル尼僧の手紙」などで読んだ恋愛描写を頭の中で思い浮かべてみた。勿論、激烈な恋愛しか問題にならない。生ぬるい恋愛などは、マチルドのような生まれと年頃の少女には相応しくないように思えたのだ。

     第二部 第十一章 「少女の魅力」