HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

*老子と「道徳経」 承前  ブレヒト散文詩 から

肩越しに 老賢者は 男に目を向けた

男は 破れた衣を つづって着 履物は

履いているでもなく 額には 太い皺が 走り

みるからに 勝利の女神とは 無縁のる様子だった 

それなのに 見上げたものだ-- 老賢者は つぶやくと

声高に云った --求められたからには 応ずることにしよう・・

こうして 老賢者は 牛から降りると 七日間にわたって

少年に 口述筆記をさせた その間 税関番は 

三度の食事を 用意し 質素ながら もてなしていると 

やがて 思いのすべてを 書き終えた そして 少年が

税関番に 81章の 道徳訓からなる 箴言を渡すと

老賢者は 礼を述べ もと来た 大木の黒松を 通り過ぎ

岩山へと 消えて行った ふたりを見送った税関番は 

思わず つぶやいていた --あんなに 礼儀正しいお方も

おられるのだのう・・・かくして 後世に 老賢者から

周知の 知恵と教訓の書 「道徳経」が 伝わり

残されたというのである・・

    ***

 

  

*或る税関番と賢者・老子  ブレヒトの散文詩 より

彼は 70になり 肉体に 衰えを感じていた

すると 安らぎを求め 老賢者の 心が つよく動いた

天なる下では 仁慈も廃れ 邪悪が 満ち始めていた

彼は こころを 決めるや 入用なものを 荷造りした

毎晩 紫煙を燻らす 煙管や 愛読書の 一巻の書物

なかでも はずせないものの ひとつであった

老賢者は 国境の 山中へ 辿りつくと もう一度

廣い 高原の景色に 目を向けた そして それを 

脳裏に しっかりと 刻むと 先へと 歩を進めた

牝牛は 彼を背に 新鮮な草を 喜んで 食べた

     **

旅立ってから 四日目だったが 岩ばかりの山中で

ひとりの 税官吏が 現れ 老人の道を さえぎると 

云った---  税関だが 貴重品は お持ちかね ---

そんなもの 持ち合わせては おらぬがな・・

牛をひいていた 少年は 口を挿むと 云った

この方は 教師さまだよ・・それを聞くと 

こころが なんとんく 弾んできた 税関番は 訊ねてきた

なにか 貴い教えでも 教授なさっていたのかね・・

すると 少年は 云った --- 

弱い水も 動きを やめなければ やがて 

固い 石だって 砕いてしまう ものさ・・

こういうと 少年は 先を急ぐかのように 牛を駆り立てた

そして 一本の大きな 黒松のところに さし掛かるると

なにか 閃いたように 税関番は いきなり 叫んだ ---

おおい 待ってくれ !.... それで いったい 

その水の教えとは 何なのかね ?... すると 老教師は

云った --- そんなことを 訊いて 面白いのかね・・

すると 男は云った -- わしは しがない 国境の 

税関番を しておりやすが 勝ち負けと 聞けば 

気になりやしてね それを 知っておりやすなら

お教えを 被りたいと 思ったもので・・・いや、

書いていただけたら 嬉しく 思いやすものでして・・・

わしの家には 紙も墨も ありやす・・夕飯だって

用意しやす ・・わしの住まいは あそこですが

お願い できますかな ?...

      ***   つづく Fortsetzung.

B.Brecht ; Laotse auf dem Wege in die Emigration

 

  

 

 

 

 

 

 

*戦後ドイツ作家・作品年表 4 1945年以降

・1976:「探究旅行」ヴィドマー 「限りなく透明に近いブルー村上龍 「枯木灘中上健次

・1977:  「心情飛行」ヘアブルガー 

「ひらめ」グラス  「エーゲ海に捧ぐ池田満寿夫  「金閣炎上」水上勉

・1978:  「アイヒェンドルフの没落と 他のメルヒェン」ハイセンビュッテル    「麦熟るる日に」中野孝次    「夕暮れまで」吉行淳之介

・1979:  「坑内火災」グリューン 「何処にも 居場所はない」ヴォルフ 「しみじみ日本 乃木大将」井上ひさし

・1980:「嗚呼 誰一人知らぬとは よきものかな」ヴォーマン *「バイユーン 或いは同盟団」ムシュク  「侍」遠藤周作 「1973年のピンボール村上春樹

・1981:「内に確信を抱く男」ヴィドマー 「吉里吉里人」井上ひさし歓喜の市」立松和平

・1982: 「嘗て一日は 銃創と共に始まった」ヴォンドラチェック 「太陽は嘗て 緑の卵だった」アルトマン  「遅咲きの恋」グリューン 「熱愛の夜」ボルン     「裏声で歌へ 君が代丸谷才一

・1983:  *「赤い糸」メッケル 「カサンドラ」ヴォルフ  「新しい人よ 目ざめよ」大江健三郎 「優しいサヨクのための 嬉遊曲」 島田雅彦

・1984:「アデナウアー広場」ヴィドマー

最後の審判」《死霊》第七章 埴谷雄高 

「方舟さくら丸」安部公房 「冬」中村真一郎

・1985:  「路上の人」堀田善衛 「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド村上春樹

'85年版 K.ロートマン著より 

K.Rothmann; Dt. sprachige Schriftsteller seit 1945

      ***

Vgl. 「バイユーン、或いは、同盟団」:ムシュク作

*この長編は、ムシュク第五作目で、こんな内容である。即ち、或る長老の作家リュッターは七人のエキスパート代表団と共に、三週間の予定で中国に旅立つ。。さて二週間後、代表団のリーダーのシュタップングは激高して皆から嫌われ、毒殺されてしまうという事件が起きる。だが、この暴君的な権威者の死に悲しむ者は、代表団の中には誰もいない。ばかりか、寧ろ、各人に容疑がかけられると、個々人の身勝手な人間性を暴露してしまうのである。。因みに、この作品は心理学者ボスハルトによっていくつものエピソードを回顧しつつ語られるという手法で書かれているのだが、その中のエピソードにかかわるテーマやモティーフは短編物語でもその核として使われている。例えば、「恋物語」や「遠い知人」など。。*Liebes-Geschichten 72.  *Entfernte Bekannte 76. usw....

*A. Muschg; aus; K. Rothmann ebd. S.286ff...

*Vgl.  メッケル「雪獣」:

 メッケルは作家としてばかりでなく、グラフィックデザイナーとしても有名である。彼は21歳の時7篇の詩と4つのグラフィックからなる作品集「隠れ頭巾」でデヴューしたが、その特徴はメルヒェン調でグロテスクなファンタズィーに富みトラークルやクローローなどの影響がみられる。一方、仮構とファンタズィーを、更に変容することに重きがおかれた。例えば、短編集「赤い糸」で明らかなように、筋よりかは、現実から呪文によって霊を呼び出すこと、その呼び出した霊を超現実的な手法で叙述すること、そして、その魔術的な変容を好んで描いたのである。。。メッケルは比喩的短編「雪獣」で次のように述べた。つまり、荒唐無稽な動物も、その名前が存在する限り実在するのだと。それゆえ、物語作家として彼は、《雪獣》は生命あるものとして存在することを疑わないのである。。。

「赤い糸」Ein roter Faden

C.Meckel ; aus ;K.Rothmann  Reclam ebd . S.269ff.

*戦後ドイツ作家・作品年表 3.  1945年以降

  •  1970:  「もはや 誰も知らない」*ブリンクマン

 「大阪のイエズス」ヘアブルガー      「男たちの円居」古井 由吉        「試みの岸」小川匡夫

  • 1971:  「デトレフの模擬酒場」フィヒテ  「婦人のいる 群像」ベル 「夏の闇」開高健      「嵯峨野明月記」辻邦夫
  • 1972: 「長い別離への短い手紙」ハントケ 「恋物語」  ムシュク 「盗まれたメロディ」ノサック 「手鎖     心中」井上ひさし 「たった一人の反乱」丸谷才一 
  • 1973: 「山羊の角」メッケル 「洪水はわが魂に及び」   大江健三郎      「死海のほとり」遠藤周作 「箱舟」安倍公房 「帰らざる夏」加賀乙彦 
  • 1974: 「パウリンヒェンは 一人ぼっちで家にいた」ヴォーマン 「複合汚染」有吉佐和子
  • 1975: 「矯正」ベルンハルト 「四季」中村真一郎 「火宅の人」 檀一雄

Vgl.  *「もはや 誰も知らない」:これは作者自身の固有の境遇を思い出させる長編で、プソイド的、とはつまり、似て非なる<彼>の観点から、教育学を専攻するケルン学生の緊張に満ちた実在が描かれた。即ち、この学生は学友の女性(彼との間には精神に障害のある子供がいる)、並びに、友人のライナーと一緒に暮らしているのだが、ライナーはホモであり、もう一人の友人ゲラルトは、あらぬことに、他人の性行為を覗き見して満足しているという所謂、ボアヤール・覗き魔なのである。。。処で、主人公自身は夫婦生活に失望しているのだが、それは彼女が彼の性生活を満たしてくれないからではなく、寧ろ、彼みずからの持つ可能性の実現を妨げているからである。つまり、彼女は彼に、夫婦間における協力者としての義務、とりわけ、精神に障害を持つ子供の世話をする義務を負わせているからなのである。。。因みに、このような状況から生じる内部の葛藤をブリンクマンは短い散文作品「もはや先には進めない」や「これがすべてだ」、並びに、殺害を空想するところまで昂揚していく「委託」で既に扱っているが、このような作品を描いたブリンクマンは存命中には理解されず、孤立していたが、彼の魅力に引かれた少数の作家仲間もいたのは事実なのである。。。

*Keiner weiss mehr.R.70    *Nichts weiter

`Das Alles        *Der Auftrag           

     **         Fortsetsung:          つづく 

 

 

 

 

 

*戦後ドイツ作家・作品年表 2. 1945年以降

 

1958年: 「父の髭がまだ赤かったころ」シュヌレ 「今この時に」ヴォーマン 「螺旋」ノサック  「夢遊病者のホテル」詩 メッケル 

1959年:「九時半のビリアード」ベル 「ヤーコプについての推測」ヨーンゾン 「ブリキの太鼓」グラス 

「海辺の光景」安岡章太郎 「日本三文オペラ開高健 

1960年: 「赤毛の女」アンデルシュ 「ハーフタイム」ヴァルザー 「パルタイ倉橋由美子「死の棘」島尾敏雄

1961年: 「揺れる家」ベンダー「30歳」バッハマン 

「猫と鼠」グラス 「サルマティアの時」詩 ボブロフスキー  「雁の寺」水上勉

1962年:「家屋建設における困難」レッタウ 「夜を二倍持つ男たち」グリューン 「物理学者」戯曲 デュレンマット 「夢の国、処々の河」詩 ボブロフスキー

砂の女安部公房 「悲の器」高橋和己 

飢餓海峡水上勉 

1963年:「犬の年」グラス 「トュルクへの旅立ち」フィヒテ 「霜」ベルンハルト 「鬼火と火事」グリューン 「或る道化師の意見」ベル 「引き裂かれた空」ヴォルフ  「砂の上の植物群吉行淳之介「忘却の河」福永武彦   「回廊にて」辻邦生

1964年 : (((東京オリンピックの年)))  「本当はブルーム夫人は  牛乳配達人と知り合いになりたかったのだ」ピクセル 「均一なる光景」ヘアブルガー「レーヴィンの水車小屋」ボブロフスキー 「されど我らが日々」柴田翔

「個人的な体験」大江健三郎 「他人の顔」安部公房 「楡家の人々」 北杜夫

1965年: 「狼が戻ってきた」ベンダー「孤児院」フィヒテ *「更なる別れ」ヴォーマン 「野兎の夏」ムシュク 「黒い雨」井伏鱒二 「抱擁家族小島信夫 「甲乙丙丁」中野重治 「幻化」梅崎春生   

1966年: 「一角獣」ヴァルザー 「真実を書くに際しての諸困難」ハイセンビュッテル  「死の島」福永武彦  「沈黙」遠藤周作

*「更なる別れ」について:-これはガブリエレ・ヴォーマンの第二作目の長編だが、33歳の語り手である主人公は両親に更な別れを告げてロンドンの恋人のところに向かう。だが、恋人はすでに結婚していて或る協会の顧問で多忙を理由に、なかなか会ってはくれなく、事実、仕事一筋に出張や講演旅行に余念がない。だが一方、彼はすでに離婚もしているのだが、それは隠している。彼はまた、喉頭がんに罹っていて、喋ることにも億劫になっているため、両者の関係は益々、険悪になるばかりである。そんななか、殺害を企てようとするもそれが挫折に終わると、語り手の主人公はやがて、内向化して妹の命日に家族のもとに戻っていくのである。。この小説はモノローク・独白体で書かれているが、これはまた、亡くなった妹への切なる作者の追慕でもあったのである。。。

 

1967年: *「エフライム」アンデルシュ 「惑乱」ベルンハルト「田舎滞在」詩 ザラー・キルシュ 「レイテ戦記」大岡昇平 「燃え尽きた地図」安部公房     

1968年 :「地下酒場」フィヒテ 「国語の時間」レンツ 「クリスタT.に関する追想」ブォルフ 「輝ける闇」開高健 「三匹の蟹」大庭みな子  

1969年: 「子供のための物語」ピクセル 「ミサ》ヘアブルガー 「時間」黒井千次         

*「エフライム」について: アンデルシュの第三作目の長編小説だが、こんな内容である。: ユダヤ人のエフライムは1935年ベルリンからイギリスに渡り、イギリス軍に勤務したが両親はドイツの強制収容所で既に、殺害されていた。エフライムは幸い、ロンドンの或る週刊誌の花形リポーターになりイギリスに同化していたが、62年に仕事で故国に帰国すると、写真家の妻とは折り合わず離婚してしまうのだが、彼はジャーナリストの仕事を諦め、作家として自立していく決断をするのである

 

           ***

*レンツの「故郷の博物館」Heimat-Museum  について:

 

      レンツはギュンター・グラースと同様、学徒動員により第二次大戦下の前線に送られた、所謂、アメリカの<ロスト・ジエネレーション>失われた世代、例えば、ヘミングウエイなどと同じ、終戦後、祖国からは見捨てられたと感じだ作家のひとりであった。。。レンツが短編並びに、長編で描いているのは、裏切り、迫害、逃走や抵抗、挫折などであるが、ヘミングウエイと異なっているのは暴力行使的瞬間ではなく、寧ろ、敗北後や敗北中の時であり、試練や苦難の瞬間の前後の時を描いたことであるといってよい。。。

例えば、年代記風に描いた長編「故郷の博物館」はナチスの過去の部分を考察した。つまり、追放された農民を例に、故郷・ハイマートという概念の問題提起を実例として多層的に示した。即ち、叔父から小さな故郷の博物館」を受け継いだロガーラは、ナチスによるイデオロギー的な濫用から守るのだが、またシュレスヴィッヒで買い求めた故郷博物館が偏狂的愛国主義の目的から服従の目にあうと、放火してしまうのである。すると年老いた絨毯織りのマイスターは悟ったのだ。つまり、失われたハイマートは過ぎ去った少年時代と変わりなく、実際に再びは取り戻せなく、ただ追憶のなかでのみ生き続けているのだ、と。。。こうして博物館は廃絶されてしまうのだが、レンツはそれを15日間にわたる長いエピソードの連環として、諧謔とユーモアを交えたアネクドーテとして描き、それは同時に彼の第一次大戦から現在に至る一つの心象風景でもあり、彼の生涯の一パノラマでもあったのである。。。

 

  Siegfried Lenz;  Heimat-Museum

Aus: K. Rothmann   Reclam   ebd. S.250ff...

 

 

 

*戦後ドイツ作家の群像・ 作品年表 1945年以降

 

1945 年以降 小説・散文・戯曲・詩 ・附 日本の戦後作家

1946 ;            「死霊」埴谷雄高 「暗い絵」野間宏          

1947 :「ネキア」或る生存者の報告 ノサック 「聖書に曰く」戯曲デュレンマット 「戸口の外」戯曲ボルヒェルト 「斜陽」太宰治 「重き流れの中に」椎名麟三

1948   「より大いなる希望」アイヒンガー  「死神とのインタヴュー」ノサック 「骨壺の砂』詩 ツェラン 

「永遠なる序章」 椎名麟三 「俘虜記」大岡昇平 「人間失格太宰治

1949 「汽車は遅れなかった」ベル  「ロムルス大帝」 戯曲 デュレンマット 「仮面の告白三島由紀夫

1950 :「さんかのごいは くる日もくる日も 啼きつづける」シュヌレ 「旅人よ スパに来たりなば」ベル

1951:「蒼鷹が空にいた」レンツ   「アダムよ お前は  何処にいた」ベル  「野火」大岡昇平 「広場の孤独」堀田善衛

1952 :「鏡物語」アイヒンガー  「自由のさくらんぼ」

アンデルシュ 「ミシシッピー氏の結婚」戯曲デュレンマット 「罌粟と記憶」詩ツェラン  「真空地帯」野間宏 「風媒花」武田泰淳

1953:「そして 一言も言わなかった」ベル 「詐欺師の楽園」ヒルデスハイマー 「猶予期間」詩 バッハマン

1954  : 「愛のごとき事柄」ベンダー 「ローマに死す」ケッペン    「ひかりごけ武田泰淳 「アメリカン

スクール」小島信夫

1955 : 「屋上の飛行機と他の物語」ヴァルザー 「遅くとも十一月には」ノサック 「ズーライケン風流譚」レンツ 「白い人」遠藤周作 「太陽の季節石原慎太郎

1956 :「貴婦人 故郷に帰る」戯曲 デュレンマット 

「隠れ頭巾」詩メッケル     「大熊座への叫び」詩バッハマン 「金閣寺三島由紀夫

    *Vgl.  ノサック「死神とのインタヴュー」について: 

ノサックの第一のテーマは時代における人間の生死の意味への問いかけであった。それを彼は再三再四、報告調に、訊問風に、探究・調査風に、あるいは寓話風に追求した。この「死神とのインタヴュー」は連作短編集で、その特色をよく表している。ここには鮮明で飾り気なく、しばしばモノローク風な語り口で彼の追跡した作品が収められた。それらは例えば、「ドロテーア」であり、神話風な「カサンドラ」であり、メルヒェン風な「海から来た若者」であり、あるいはシュールなモティーフの「アパッショナータ」や「死神とのインタヴュー」などである。そしてそこでは実存的な越境界が描かれたのだが、彼自身の体験を踏まえながら、ヘニー・ヤーンやカミュの読書を通じ、奈落における境界状況の視点から批評的に書いているのである

1957 :「狼と鳩」ベンダー *「ザンジバル」アンデルシュ

「フィリップスブルクにおける様々な結婚」ヴァルザー    「海と毒薬」遠藤周作 

*Vgl.  ヴァルザーの「フィリップスブルクにおける様々な結婚」について :  これは彼が30歳の時に発表した処女長編で、カフカにも似た寓意的な不確かさによってグロテスクな関係を風刺して、ドイツの現代社会を描き出した作品である。そこには四組の男女による放蕩的、姦通物語がエピソードとして描き出されたのだが、フィリップスブルク(シュトゥットガルト)における奇跡的に復興した社会は、虚栄に満ちた立身出世に栄達した単なる仮装舞踏会にすぎず、こうした人間性の欠如した世界にあって、そのうちの一人である若いジャーナリストのボイマンは、一人の社会的に恵まれない女給と関係を持ち、愚かに順応しながら、地方の名士の夜会会員の仲間入りを果たしえていたのである。。。ヴァルザーはまた、市民的イロニカーであるT.マンのようにユーモアに富んだイロニーを通して風刺的に社会を批判したのだが、彼はまた、一方、ベルやグラースやレンツのごとく、エッセイイスト、ジャーナリスト、あるいは語り手として多面的に政治にアンガージュ・参画した作家でもある。。。

   ***つづく

 

 

*現代ドイツ作家・一覧& 代表作 1945年以降 ⑶

 

 ・1936. ビールマン            *坂上弘 

・1937.ニコラス・ボルン~79.「第二日目」R.65.                                        タッシャウ H.             古井由吉「杳子」

・1938    ヴィドマー U.   「アーロイス」Erz. 68. 

・1939.   エーリカ・ルンゲ 女流    「ボットゥロパー調書」

・1940 ブリンクマン ~75. 「パイロットたち」68.

・1942. ハントケ 「観客罵倒」66.    

                               カーチャ・ベーレンス 女流

・1943. ヴォンドラチェック 「嘗て、一日は銃創とともに始まった」  Pr.82    デーリウス「我ら企業家」66. 

                   丸山健二「千日の瑠璃」    *青野聡

・1944   * ボート・シュトラウス、*テオバルディ、

                        *フート・マッハー

・1945.   T.ブラッシュ    Mein Geburtsjahr

・1946.    L.フェルス     高樹のぶ子 *中上健二     

*Vgl.  *Petet Handke: ハントケ :

 「ペナルティ・キックを受けるゴールキーパー

                  不安」    R.70;    以前ゴールキーパーだったY.ブロッホは組み立て技師の職を解雇された。すると、その日、彼は映画に行き、そして出納係の女とベッドをともにするのだが、彼女を殺害してしまう。そして南へと逃亡する。。。彼はしかし、殺害により、世界がいかに様変わりして見え、いかにそよそしく、怖れに満ちているかに気付くのである。というのも、追跡されているのではないかと前兆が日増しに強く感じられたからだが、この追われる殺害者というモティーフはD.ヴェーラースホフの探偵小説「影の境界」をも彷彿させる作ではあったのは否めない

*Christa Wolf;クリスタ・ヴォルフ:

「どこにも居場所はない」 短編 79.  :    ともにみずから命を絶ったロマン派の作家クライスト1777-1811,とカロリーネ・ギュンデローデ1780-1806,との、因みに前者は34歳、後者は26歳で夭折しているのだが、架空の対話を構成して、作者みずからの苦しい立場を暗示した作品である。なお、ギュンデローデはドイツの女流詩人であるが、ロマン派の詩人ブレンターノとその妻ベッティーナの友人で、彼女は死を渇望するような陰鬱な一連の詩を美しくも残している・。。