HERR*SOMMER-夏目

現代ドイツ作家・詩人の紹介を主に・・・

* 鐘の音 :デーメル「女と世界」より

 

そして 日暮れ

一息したくなったら

鐘の音に 

耳を澄ましてごらん

あちこちの小屋から立ち上る煙

こずえを温かく包み込み

さあ お出でと云っている 

やがて 蕾に蔽われた木の下

木霊と そよぎが囁いている:

春だ 出ておいで

父と子が屈託もなく

毬投げして遊ぶ草原に !... 

 頭上には白樺 花を鏤めた楓 

若葉を戦がせ 戯れて

 

デーメル「復活祭と降臨節に」

Dehmel:  Zwischen Ostern und Pfingsten

        **

シラーの「鐘の歌」を凌駕するドイツ詩人は、到底でてきまい。とすれば、何を目当てに粉骨砕身するのか。

詩作の真の力の泉は枯れ、 新しいものは模倣にすぎないとプロメトイスは云った。 そこで、デーメルはどうだね、と訊いた。彼は黙って頭を振った。

その名はまだ聞いたことがない、という。

 カロッサ「美しき惑いの年」より 

  

* ケンタウルス族の賢者 ヒロン: 「ファウスト」 第二部 第二幕より

 

ヒロンは半人半馬の怪物であるケンタウルス族の賢者で、野蛮で粗暴な一族の中で例外的な存在である。

   7331 ~: 

ファウストヒロンの対話も脚韻を踏み書かれている。         Dialog  im  Sprech-Vers: 

ヒロン:  何じゃ、何ごとじゃ

ファウスト: 馬をお止めください

ヒロン: いや、とまらぬ

ファウスト: では 一緒にお連れください

ヒロン : それなら乗るがよい そうすれば 

  訊きたいことも聴ける 

 何処へ行く気じゃと  

この川岸に佇んでいたお前を向こう岸に渡してやってもよい

ファウスト;     何処へでも お供します

 終生 御恩は忘れません   あなたは偉大な人 そして

 気高い 教育者ですから 

あなたが 教育された英雄は数限りない

あなたの名声は 隈なく轟いています

アルゴー船に 乗り組んでいた高邁な 勇士たちも

詩に歌われているのです 優れた人もみな 

あなたが お育てになった人たち 

ヒロン :  今さらなにを申す 

メントルの姿で教育を施したパラスでさえ 

名誉は受けてはおらぬ  

結局 弟子たるものは 自分流儀で邁進していくしかないのじゃよ   育てられて傑出した人物になるわけではないのだ

     ~7344

Selbst Pallas kommt als Mentor nicht zu Ehren :

 Am Ende treiben sie's nach ihrer Weise fort

 Als wenn sie nicht erzogen waren....7342-7344..

        

            

 

 

 

 

*早呑み込みで お前たちは・・:

 

2.城の中庭 Innerer Burghof:

9127-- 9573   :

 この場面の冒頭、9127- 91は、やはり、古代ギリシア悲劇の無韻の音韻形式で書かれている。すなわち、ヤンブス・抑揚・短長格のトリメーター・3音格詩である。そして、これは合唱隊、あるいは、合唱隊を指揮する女とヘレナの対話となっている箇所で、それはまた、場面全体も貫いているのである。

  9127~ 34. 合唱を指揮する女:--

早呑み込みで お前たちは まったく間抜け 

  愚かなおなごね!..

.目先のことばかり囚われる 

幸や不幸 風の向きで どうにでもなる 

落ち着きのない

堪え性(こらえしょう)のない

 おなごなのかしら・・

目先のことに囚われ

何かというと喰ってかかる 

すると 寄ってたかって仲間を

皆で叩くのだわ やれ 嬉しいの やれ

悲しいのと大声で 笑ったり泣いたり

そんなときだけ不思議と調子があうのね 

もうお黙り お妃さまが気高き心で 

どうお決めになるか待つのです・・

Vorschnell und tharicht ,acht wahrhaftes Weibsgebild !

  Vom Augenblick abhangig, Spiel der Witterung,

 Des Glucks und Unglucks, keins von beiden

   Wisst ihr je stets..  

 

* 四人来て 三人帰ったな: 「ファウスト」第二部 第五幕 真夜中より

 

  真夜中に四人の灰色の女が来て、ファウストの棲む宮殿から、第一の女《不足》Mangel、第二の女《罪》Schuld、そして第四の女《苦しみ》Nothの三人は、受け入れてくれないと観念して去ったあと、鍵穴から そっと入り、残ったのは

第三の女《憂い》Sorgeである。

 ・11398 :ファウスト:   Im Pallast 

四人来て三人帰った  話の意味はよく聞き取れなかったが

余韻のようにノートNoth(苦しみ) という言葉は耳に残っている

そして 押韻するように陰気に聞こえたのは  

確かトート Tod(死) という言葉だった 

それはともかく 虚ろで妖怪じみたにぶい声には違いなかった まだ自由な世界に 到達できたとは思ってはおらぬ 

だが 行く道から魔法は遠ざけ呪文は御法度にしたい 

そして 自然の中で人間として立ち生きがいとは何か感じたい。これまで暗い魔法に足を踏み入れたり 冒瀆にも身も世も言葉で呪ったりしてきた だが今は どうしたら解脱できるか分からぬ 一日だけでもいい 昼には晴れやかな 微笑みを抱き 

夜には虚妄の網から抜け出せることができればと思う  

しかし    早春の野を楽し気に帰っても 

鳥が啼けばキョウ 凶と聞こえる  そんな風だから 

明けても暮れても迷信に付きまとわれ 

怪しい蔭やそんな兆しに怯えてばかりだ・・

・・うぬ 門が音をたてた 誰かいるのか?... 

   ・  11421 : 憂い Die Sorge:

ノーとは云えないわね 気づかれてしまっては

 ファウスト: 誰だ 

 憂い :とにかく いる者よ

 ファウスト :さっさと立ち去れ用はない

  Vier sah ich kommen, drey nur gehn,

   Den Sinn der  Rede  konnt' ich nicht verstehn, 

   Es klang so nach  als hiesse es  Noth 

   Ein dustres Reimwort folgte  <Tod>.

 Es tonte hohl, gespensterhaft, gedampft,

Noch hab ich mich ins Freye nicht gekampt.

Konnt ich Magie von meinem  Pfad entfernen

Die Zauber-Spruche ganz und gar verlernen..~11406..

     ファウスト」 第二部第五幕 真夜中 

 

 

* トルストイの「アンナ・カレーニナ」: 第一部 

 

「幸福な家庭は、みな似通っているが、不幸な家庭は不幸な様相はさまざまである。」

アンナ・カレーニナ」のこの冒頭部は、よく知られた一節だが、この長編の第一部の11には、ハイネの詩の一節も挿入されている。: 

 抑えがたい この世の欲情に打ち勝てば

 どんなに救われることか 

 たとい叶わぬとも歓びは残る

        ****

「だけど一体、どういうことだね」

オブロンスキーは苦笑した。

レーヴィンの心の中が彼には分っていた。

「つまり、こういうわけだ。仮に結婚しているとする。きみはもちろん、妻を愛している。ところが、ほかの女に惹かれることだってある」

「わるいが分からぬ。満腹しているときに、パン屋の前を通りかかり、ひとつ失敬するようなものだから。

それが分からんな。」

オブロンスキーの目が、この時いつもより輝いていた。

「どうして。パンも時にはいい香りがしてくると、手に取ってみたくなることがあるじゃないか」

    **

  因みに、この詩の一節はヨハン・シュトラウスの有名なオペレッタ「蝙蝠」のなかでも使われている。 

 Himmlisch ist's ,  wenn ich bezwungen

   Meine irdische  Begier ;

    Aber noch wenn's nicht gelungen,

   Hatt' ich auch  recht hubsch Plaisir !...

*ウクライナの女 リーディア: 

 

「ねえ、あのヒラメのこと、まだ覚えていらして?..」と訊ねてみたが、いいえとロベルタは云うのだった。

「でも、忘れるはずないわ。大きなヒラメ焼いたでしょう?..」こう云ったにも拘らず、ロベルタは覚えていないの、と繰り返す。けれども、それは終戦直前のころ手に入った最後の配給だったので、私はよく覚えていた。     ***

 ところで、終戦間もないころ一番仲のよかったロベルタの台所が、広い五角形の広間のような台所だったが、何故、あのように外国人も交えて見知らぬ女性たちで溢れんばかりであったのか、この頃ようやく理解できたのだが、思えばロベルタ家の台所は忙しげな集合所となっていたのだ。 

 「ああ、そういえば、あの男のことなら覚えているわ、あの兵士のことなら・・」とロベルタは云った。

「ねえ、あの兵士を思いだしたのなら、当然ヒラメのことも覚えているはずよ」

「いいえ、覚えていないの」

「それなら、兵士が最後に救いだしてくれると軍隊のことを頻りに捲し立てていたけれど、真っ赤になって憤激していたコルタのことも覚えていないっていうの・・」

「いいえ、覚えているわ。本当に可笑しかったわね。けれども、兵士が話していたのはリーディアにだったのよ。リーディアがウクライナの女性とは気づかずにね」

 リーディア !!..そうだ、それはリーディアだった。

彼女がまさか、ウクライナ人だとは知らずに、皆、ロベルタ家の台所に出入りしたいと願っていたのだ。そして、彼女といえば働き者で頬骨の滑らかな美人で、骨太のリーディアは疲れを知らぬ手つきで、いつもじゃが芋やリンゴの皮を剥いていたのだ。        

「そういえば、リーディアにだったわね。」と私は云った。

 「ええ、でも、あの酔っ払いの兵士が自慢話をすればするほど彼女は益々、俯いていたでしょう」

「いいえ、そうじゃなかったわ。」

「目をあげたわ。ほら、丁度、高射砲の放送が始まった時、わたし、お宅の料理人と一緒にヒラメを裏返したのよ。そうしたら、すぐにそのあとで警報がなったのよ。」

  私はそれ以上はロベルタに何も云わなかった。---

それはロベルタがリーディアによくしてあげなかったからではなく、リーディアが急に姿を消したことに腹を立てていたから。そしてリーディアといえば、ノスタルジアのあまり一夜を泣き明かしたり、抜け出そうと幾度も試みたりしていたのだが、それはロシア軍がベルリンを占領すると誰しも思っていたからであった。                

   リーディアは学生のころ、物理学を専攻していたのだが、出入りの自由なこの台所では、いつも中心的な女性であった。彼女は然し、一言も口を開かずにジャガイモの皮をうすく剥いていたのだが、高射砲の放送が擦れながら聞こえてくると、目をあげるのであった。彼女にはおそらく、大気を通して彼女にしか分からない、ある確かな何か大切なものを伝えているらしかった。

*リーディアは今は、マリオポールの自宅に戻って棲みついて居るであろうが、先頃、ベルリンのシャルロッテンブルク駅のプラットホームで見かけた。

汽車は小旗や緑の花飾りで飾られ、傍らでは、たくさんの女性に交じって合唱をしているのであった。それはなんという大コーラスであったことであろう。目を閉じていると嵐ではないかと思えるほどだった。

「リーディア!!..」思わず叫び声をあげていた。

「リーディア、ご機嫌よう。これからも、ずっとお幸せに!!..ご無事で、リーディア・」

汽車が遠く消え去るまで、蔭からハンカチを握りしめ、汽車の最後尾が消えても、いつまでも耳にはコーラスの響きが残って消えることはなかった。   

E. Langgasser:  Lydia 

 Aus: dem Torso  

Gesammelte Werke    

Claassen Vlg. 1964    ebd. S,341ff..

 

 

 

 

 

 

 

* ヘッセ「ペーター・カーメンツィント」: 青春彷徨 第七章から 

 

高き空に浮かぶ 白雲のごと

美わしくも遠きなるかな 

  エリーザベトよ !..

 白雲は万里をさすらひ

そを汝れは見ずとも

今宵も闇夜なれば夢に見つらん

 

輝ける汝がすがた!...

白雲の行方を恋ふるがごと

憧がれ慕ふ...

汝れを想ひえがきし郷愁!..

         ***

以前から、ボートをこぐ時の靜かな動きに合わせ、口ずさむ癖があった。今もひとり低い声で歌っていると、いつしか、詩になっていた。嬉しくなり、チューリッヒでの美しかった湖上のデンクマールに書きとめた。