「ねえ、ヒラメのこと覚えていらして?..」と訊ねてみたが、いいえと ロベルタは云うのだった。 「忘れるはずないわ。大きなヒラメ焼いたでしょう?..」こう云ったにも拘らず、ロベルタは覚えていないのと繰り返す。けれども、それは終戦直前のころ手に入った…
ラーベは長編「飢餓牧師」と「アブ・テルファン」との間に 8篇の短編を書いた。比較的よく読まれてきたのは、「樅の木のエルゼ」 と「勝利の蔭(かげ)で」。 前者は 17世紀に起こったカトリックとプロテスタントの抗争である30年戦争が背景。 後者は ナポレオ…
「雀横丁年代記」は、一人の老人が 過去を振り返り 回想していくスタイルで書かれている。: そこはベルリーンの裏横丁。そこでの小市民の運命と日常が、時代の運命と重ねられ ユーモアとペーソスをまじえて書かれている。: 〈 闇が どれほど 深かろうと、一…
創造は すべての胚芽を内に含み 花や果実は樹の枝につき生育する 。 思想と生命も また同じ: 創造の懐に抱かれ育っていく 。 * 彼にとって生殖とは、普遍的な自然の大法則に他ならなく、神聖で犯さざるべき崇高な行為なのである。これによって《存在》の不変…
1921年、スイス生まれのデュレンマットのデヴュー作は47年に上梓した戯曲「聖書に曰く」であるが、最初に結婚した女優の死後、52年には再婚した経歴を持っている。 世界的に成功を治めた作品は56年に上梓した悲喜劇「貴婦人、故郷に帰る」だが、もう一つの成…
「わたしは文学者ではない。事実性と論理性のほかに文章を不必要に飾ることに対して好意的ではない。事実の証拠と構成する人的動機にしか興味を覚えぬのだ。長年にわたり、そのように鍛えたのであり、その性向に対して不満があるはずもない。いま綴り始めた…
1934年、現ポーランド領に生まれたヨーンゾンのデヴュー作となった「ヤーコプについての推測」はこんな内容である。; 1956年11月の或る日、霧の中で28歳の鉄道保安員ヤーコプはドレスデン駅のプラットフォームで機関車に轢かれた。すると、推測はこんなふう…
「そんな哲学は暖かくオレンジの薫るギリシアででも説くがいい。ここじゃ気候に合わない・・」 「あの奇人哲学者ディオゲネスに書斎や温かい住居は必要なかった。暑いところですから。のんびり樽の中に寝転んでいたという。然し、ロシアに棲むとなれば、そう…
鐘の響きに 不思議な歓び 聞き覚えあり こころ惑いしあの頃は 力奪われ いまに至りて 怖れはなく 苛立ちもなく 高らかに 厳かに響きわたれば 今は 希望と忘却と宥恕の声!..... S. George: Die Glocken ゲオルゲは1868年生まれで、ドイツ抒情詩に新たな言語芸…
「え、なんですって!..あなた、返してくれたじゃない」 「それがね、失くしてしまったのよ。・で、全く同じようなのを返していたの。それで、その支払いに10年かかってしまったわ。わかるでしょう、容易でなかったのが。。余裕なんて なかったのですもの。・…
「美しき惑ひの年」Das Jahr der schonen Tauschungen はカロッサCarossaの医師を目指して学ぶ学生時代を扱った短篇で、こんな詩も挿入されて親しみある詩である。・ 「詩だよ!.. 印刷されてない。 詩人の自筆だよ」フーゴーは手にもった封書を振ってみせ、…
「それにしても、あそこの老紳士は何を話しているのだろう。誰かが処刑されたとか」 ベルリンを貫流しているシュプレートンネルは占領された折り、一部の狂信者により、2,3週間ほど前、水浸しにされてしまったのだが、いまだ地下鉄は寸断され、乗客は歩くほ…
ヴァルザーの「フィリップスブルクにおける様々な結婚」: これは彼が30歳の時に発表した処女長編で、カフカにも似た寓意的な不確かさによってグロテスクな関係を風刺し、ドイツの現代社会を描き出した作品である。 そこには四組の男女による放蕩的、姦通物語…
学問と芸術とに心砕いた哲学者 ニーチェ: 彼は「偶像の黄昏」で ブルクハルトを尊敬すべき友人と述べ 彼の「イタリア ルネッサンス」に 学問と芸術の美しい融和を みとめていた ルネッサンスの詩人は また学者でもあった: 彼らは古典古代の再発見をしたのだ…
K.Rothmann; Dt. sprachige Schriftsteller seit 1945 メッケル「雪獣」: メッケルは作家としてばかりでなく、グラフィックデザイナーとしても有名で、21歳の時7篇の詩と4つのグラフィックからなる作品集「隠れ頭巾」でデヴューした。その特徴はメルヒェン調…
内部世界の充実は 犠牲によってのみ得られる。 ルドルフ・カスナー 19世紀末、転換期のウイーン文学界で際立ったのはエッセイというジャンルが新たな意味で発展したことであった。そのよき例として、ホフマンスタールが挙げられるのだが、彼は外国の詩の持つ…
・フォルキアスの娘たちの誰なの わたし あの醜い姉妹に比べてみたわ 生まれながら白髪で 代わるがわる 一つ目と一本歯を使った フォルキアーデンの 娘たちのひとりなのね ---Bist du vielleicht der grau-gebornen , Eines Auges und Eines Zahns Wechselsw…
「西東詩集」はゲーテ晩年になった作だが、東洋はまさに族長的な世界の地であった。そして、それは瞑想的な老年ゲーテの気分に適合した。そのような現実性から隔たった避難所としての東洋にゲーテは親縁性を見たのであった。 巻頭の詩、ヘジラHegire(移住)は…
「山月記」などで知られている中島敦は33歳という若さで夭折しているが、彼の作品は漢文調で書かれ、そのリズムは簡明であり魅力に富む。書き残した数は少ないが、そんな中の一つに「弟子」という短編があり、これは顔回や子貢といった孔子の高弟のひとり、…
噴き上げる 水は千々の 花と咲き 嬉々として 月の光の 色に染まり しとど 泪の雨のごと 落ちゆかん・・ おお 黒洞々なる 夜の闇に 美しきひとよ きみが胸に この身を傾け 池のほとりに すすり すすりて 泣きやまず されば 円かな月よ さざめく水よ 祝福され…
懐かしき 夢を みた: 五月の 夜の こと ぼくたちは 菩提樹の 木蔭(こかげ)で 永久(とわ)の 愛を 誓って いた それは 新たな 誓い くすくす 笑ひ 愛撫し 接吻を 交わし あった ぼくは 誓いを こころ に留めた けれども ぼくを 苦しめて いた とは おお 恋人よ…
・西洋の現代文学に関して:-- 世界をラジカルに懐疑し信じられないという立場の代表が、フランスの実存主義の作家、例えばサルトルとカミユならば、ドイツ文学圏のカフカは世界観はこれに近いが、異なるのはいかにしたら打開できるか問うところである。: 前…
* 8909- 9126 : ・この箇所はフォルキアスの台詞、「薄曇りの朝、輝きまばゆく真昼の太陽よ!.」以下、第三幕その1の最後までの場面であるが、それまでのヤンブスのトリメーター、短長・抑揚格の3音格詩がトロケーウスの長短・揚抑格のテトゥラメーター、即…
バラの香りの愛(いと)ほしく 息吹の真っ赤に燃ゑしとき 愛しきバラの香よ ! そは聖母マリアの御慈悲により バラは奇しき薔薇となり されど タンポポの花咲き終わるや そが冠毛は風に舞ひ四散して 遠く近くに着きしなり されど そが繰り返し繰り返すは 閉ざさ…
霧がたちこめ 木の葉が落ちる ワインを注(つ)げよ まろやかなワインを !... この憂き日を かがやかしい日にしたいのだ 外は荒れ狂っているが この世はすばらしい かくも 神々しきゆゑに!..... けれども ときおり こころは泪に濡れる だが それに構ふてゐては…
・ヒロンは半人半馬の怪物であるケンタウルス族の賢者で、野蛮で粗暴な一族の中で例外的な存在である。 7331 ~: ファウストとヒロンの対話も脚韻を踏み書かれている。 Dialog im Sprech-Vers: ヒロン: 何じゃ、何ごとじゃ ファウスト: 馬をお止めください …
2.城の中庭 Innerer Burghof: 9127-- 9573 : この場面の冒頭、9127- 91は、やはり、古代ギリシア悲劇の無韻の音韻形式で書かれている。すなわち、ヤンブス・抑揚・短長格のトリメーター・3音格詩である。そして、これは合唱隊、あるいは、合唱隊を指揮す…
*Christa Wolf;クリスタ・ヴォルフ:「どこにも居場所はない」短編 79. ともにみずから命を絶った短編の名手で簡潔な文体で描くクライスト1777-1811,とカロリーネ・ギュンデローデ1780-1806,との、( 因みに、前者は34歳、後者は26歳で夭折している)1804年にお…
Faust: Entferne dich : さっさと 立ち去ることだな 用はない: Die Sorge: Ich bin am rechten Ort: いいえ 居させてもらうわ ファウスト: 始めは 怒りが込み上げてきたが、やがて、 気を静めて: ならば 呪文は 口にせぬことだ 憂い: わたしの声は 耳からで…
9435~ 41行: Faust; このファウストの台詞は古代ギリシアのトリメーター、即ち、3音格詩で書かれている。: この不届きな 邪魔者めが 厚かましくも 押し寄せてきたか こんな非常なときに 無意味な騒ぎは 許されまいぞ 美しい使者とて 悪い便りをもたらすは …