夫人のマーティルデさんは、庭先で洗濯物を干し、訊ねてきた。 その間、青い顔のアルバーンは、話に 耳を凝らし聞いていた。 本当に、いいことなど ありませんでしたわ、夫人は云った。すると 悪いのは、この俺のせいだ。Ich bin schuld daruber.... アルバ…
W.Raabe ラーベが「ホラッカー」を発表した年は、三女クララが72年に誕生した4年後のことである。それは 末娘ゲルトルートの生まれた年でもあった。そして 彼にはもうひとり次女 エリーザベトがいる。 37歳の時のシュトゥットガルト時代に生まれた子である。…
・・鯨の尾びれには 測り知れない力が、すへて集結しているかと思えるほどだ。この力は 尾鰭の優美さを 聊かも損なわず、思わず 見とれてしまうほど。 そのように、真の力は 美や調和を損なわない。 全ての美しさには、魅惑に 力と云うものが 大きく関与して…
ラーベが25 歳で発表した処女作「雀横丁年代記」。 Der Chronik der Sperlings-Gasse。 以来、20代に19篇、30代 に17篇、40代は16篇、50代では10篇発表。 その中で、60歳に書き上げた「シュトップフクーヘン」(饅頭男)は、ある意味で、その頂点に達しえた作…
Sonntag Quinqua-gesima : 人は 同朋(はらから )ともに生き 傷(いた)みも 情熱も分かちあひ さながら 灼熱の地獄のなか 泪流すは 熱く たゆまず こころを ひとつにしようと 願ひしからか 噫 されど 悲しきかな!.. 目の前は 闇のように 閉ざされ 鷲のように …
諸君、オーデを書きたまえ。国家が隆盛を極めていた時代には、誰もが 頌詩をかいたものだ。 荘重な文体のオーデを?... いや、もう、たくさん・・ 諸君 エレジーなぞは どれも下らんじゃないかね、狙いからして。 それに引き換え、オーデというのは実に、高尚…
23歳の時、短編小説集「小フリーデマン氏」を上梓し作家生活に入った.トーマス・マン。 26歳の時に、自身の一族の三代にわたる歴史を描き名声を得、そして後に、ノーベル賞受賞作となった初めての長編小説「ブデンブローク家の人々」。 彼の短編小説のひとつ…
<プロメテウスの寓話> というものがある。 創造主をもくろんで天の火を盗み、命あるものを生み出そうとした あのプロメテウスの話で、驕慢にも神を気どったプロメテウスは どうなったであろうか。 永遠の劫罰を受けたのである。 つまり、神に成りあがらんと…
京都で明智殿の謀反を知ったのは、翌々日、噂によれば、明智殿は 愛宕へ参籠していたが、自分への共感から 遁れたいと念じていたのだ。 そして ひたすら 甘美な眠りの中に いたかったのだ。 しかし 大殿は近侍わずか30騎 安土を出て、本能寺へむかっていた。…
「山月記」などで知られる中島敦は33歳という若さで夭折しているが、彼の作品は漢文調で書かれ、そのリズムは簡明であり魅力に富む。 書き残した数は少ないが、そんな中の一つに「弟子」という短編があり、これは顔回や子貢といった孔子の高弟のひとり、子路…
ピアノの鍵盤では愛情・情熱・勇気・平静といったキーが他のキーと異なって、作曲家の手にかかると目覚めさせてくれる。 そのように、作曲家ヴァンの楽節には、充実した内実が感ぜられた。 スワンは幸福を思い、いつしか、「クレーヴの奥方」が憶い出してい…
1934年、現ポーランド領に生まれたヨーンゾンのデヴュー作「ヤーコプについての推測」はこんな内容である。; 1956年11月の或る日、霧の中で28歳の鉄道保安員ヤーコプはドレスデン駅のプラットフォームで機関車に轢かれた。すると、推測はこんなふうであった…
詩の末尾に桂冠詩人エベニーザーと書き添えた二行連句の詩篇は、航跡に船を追う海豚の群れを眺めては、ミルトンの著作を参考にしながら眼にするメリーランドのおもかげを描いたものである。: トロイアを撃ち破り、帰路のユリシーズ: 纏(まと)いし衣は破れ 西…
83年という長い星霜を精力的に活動しつづけたゲーテ。 そのゲーテの晩年(65歳)の詩に、銀杏をうたった一篇がある。 約250篇からなる「西東詩集」West-ostlicher Divan のなかの一篇で、こんな詩である。 東方の国から はるばる 移植された銀杏 その銀杏の葉…
侯爵夫人: なぜ腹が立つのかしら、世の常なのに、 わたしにも 娘時代があった、でも 修道院から結婚生活に すぐ、 でも どうして、昔は可愛かった なのに いつの間にか もうお婆さん、・・ どうして 神さま どうして わたしは ずっと 変わらないのに たとえ …
「貴婦人、故郷に帰る」はこんな内容である。: 主人公のクララは若いころ、イルから誘惑され貞操を弄ばれ娼婦と誹謗を受ける。が、世界で最も富んだ婦人となった彼女は62歳になると衰えてきたものの、めかしこみ故郷を訪れる。 この折り、市の産業と商業を代…
作者自身の境遇を描く長編。:「もはや誰も知らない」:Keiner weiss mehr. プソイド的、とはつまり、似て非なる<彼>の観点から、教育学専攻のケルン学生の緊張が描かれた: この学生は学友の女性(ふたりの間には精神障害の子供がいる)、並びに、友人R.と一緒に…
ホラティウス Horatius (B.C.65-B.C.8)は古代ローマの詩人だが、彼の言葉に、こんなのがある。: nil mirari.: .意味は、決して、心を動かすことなかれ。 これはドイツ語では、Sei gefuhllos,となろうか。 これはゲーテの詩の一節に見える 言葉だが、後にはこ…
「・・友人が綿花について秘密の情報を流してくれたよ。勿論、そいつをごっそり買った。電話での買い付けで。 すると綿花の積み荷が、まだ海にあるうちに三倍に高騰し 世界の綿花市場がてんやわんやさ。この船荷の荷主は誰かと云うことになった。無論、わた…
儚(はかな)きは 誓ひしことか; 戯れに立てた誓いには 信を貫かん 誓いに忠義をたて 非道せしよりは 《われ過(あやま)てり!..〉と 言ふがよく・・ 同じ愚かしさは トロイア遠征のギリシア総大将アガメムノンにも認められる かれは女神アルテミスの苑にて 鹿を…
おお 人間! その純(おぞ)ましさよ: ある者は法学を ある者は医術を追いもとめ ある者は司祭にならんと また ある者は詐術に手を伸ばし はたまた 快楽に酔い 懶惰(らんだ)を貪( むさぼ)る輩もいる・・ わたしは だが それらの塵労からは解かれ ベアトリーチェ…
・ヒロンは半人半馬のケンタウルス族の賢者。 粗暴な一族の中で例外的な存在。 7331 ~: ファウストとヒロンの対話も脚韻を踏む。 Dialog im Sprech-Vers: ヒロン: 何ごとじゃ ファウスト: 馬をお止めください ヒロン: いや、とめぬ ファウスト: では 一緒に…
噴き上げる 水は千々に 花と咲き 月の光に 照らされて 飛沫となりて 落ちゆかん・・ おお 夜の闇に 美しきひとよ この身を傾けん きみが胸 池のほとりに すすり泣く 円かな月よ 噴水よ 夜よ 樹々よ きみが憂わしさに 濁りなく 愛を映し出す 鏡なれ C.P.Baude…
憧れと愛に生きた女を 歌うがいい 英雄は 存在を貫き 没落も口実となす だが 精魂尽きれば 塵に帰り 巨大な声が 地から轟き渡る 聴け それは神の声!!...だが 堪ええぬなら 風の声を 聴くがいい 若い死者に代わって 嘆きの声を )) ) Rilke: Duineser Elegien …
1859年生まれのノルウェーの作家 K. ハムスン。: 彼は若き頃は貧困と苦労をし、アメリカにも渡りいろいろな職業にも就く。が、30歳にして小説がベストセラーになると一躍、脚光を浴びるや、次々と長編を出し、1917年には「土の恵み」で田舎生活を賛美した小…
1770年生まれのドイツの詩人ヘルダーリン。: 彼はシラーとの交友もあり、73年の生涯を送ったが、その後半生の30数年は精神の闇に閉ざされた暮らしだった。が、彼の評価は高い。 唯一完成した散文作品には、手紙形式で書かれた「ヒューペリオン」がある。その…
31年生まれで78歳になっていたW.ラーベは数年前に筆を絶ち、僅(わずか)な人に知られているにすぎなくなっていた。そのころ、ヘッセがブラウンシュヴァイクに講演に来た折り訪ねてくる。ヘッセは20代後半に発表した「青春 彷徨」(ペーター・カーメンツィント)…
'おお 春! 四月は 定かならぬ輝きに満ち!.. 恋愛も 陽の輝きに あふるる が やがて 雲は すべてを覆い隠しおり シェイクスピア 「赤と黒」第一部 第十九章 導入部より *
彼女の夢を見ていた: 花咲き樹に囲まれた館で 光を浴び、彼女は子と 和んでいた 花輪を身にまとい 子は 微かに揺れると 黄色い菊が 額に靡いた やがて 池に向かい 子は大理石の階段に来ると よろめき 鷲とともに 空高く舞い上がり 立ち昇る霧とともに 光とな…
最初、彼女は修道女との交際を喜び、よく礼拝堂へ連れていかれ、教理問答は理解していて、司祭の質問によく答えていた。 彼女は祭壇の薫香や聖水盤の冷やかさ、蝋燭の光の神秘さに心地よく微睡み、また苦行のため一日中、何も口にしないこともあった。告解に…